認知症の母と暮らす脳科学者が見つけた"希望"

自信を失う生活の中、自尊心をどう支えるか

――お母様の好きなものは何ですか?

料理と散歩です。私が一緒に台所に立ち、父が一緒に歩くなど、ちょっとしたサポートをすることで、母は今までと変わらず好きなことを続けることができました。

この2つを軸に据えてから、うつっぽい症状が回復して、母は自分から進んでいろいろとやりたがるようになりました。日常生活で自信を失う場面が多々ある中で、「私には大好きな料理の時間があるから大丈夫!」と思ったのかもしれません。母の自尊心が保たれたような気がしました。

私は、母は何が好きなのか、母が病気になってから探っていくことになりました。私に限らず、自分の親の好きなことを聞かれて、すぐに答えられるほど両親と向き合っている人は意外と少ないのではないでしょうか。毎日の生活で、その人の好きなこと、嫌いなことを見据えながら付き合っていく。これこそが“その人らしさの発見”であり、自尊心を保つためにも必要なことではないかと思います。

“その人らしさ”を引き出すため、感情の中枢を揺り動かす

――恩蔵さんのお母様同様、私の母も認知症です。母の施設の実例ですが、介護福祉士さんが懸命に頑張っていても、認知症の男性入居者は女性に比べて自分の感情を表しにくい方が多いせいか、なかなか“その人らしさ”に触れられない場面が見受けられます。要は、自分の心の引き出しを誰かに開けてもらうのを待っている。でもそれがずっと開けられないのだとしたら、とても悲しいことだと思うのです。

そうですね。女性のように自分の感情を表に出すことに慣れない男性のほうが、介護の現場で困る話も聞きますね。でも、感情を出しづらいのは性差の問題でもないのかもしれません。

恩蔵絢子(おんぞう あやこ)/1979年生まれの脳科学者。専門は自意識と感情。2007年に東京工業大学大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻博士課程を修了、学術博士。現在、金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学にて非常勤講師を務める。著書に『脳科学者の母が、認知症になる ~記憶を失うと、その人は“その人”でなくなるのか?』、『化粧する脳』(茂木健一郎との共著)、訳書にジョナサン・コール『顔の科学−自己と他者をつなぐもの』、茂木健一郎『IKIGAI−日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』がある(撮影:大澤誠)

実は私も、20代のときに失語症というくらい、人前で話せなくなってしまったんです。そのときにゼミの先生だった茂木健一郎先生は「自分の感情をバカにするな。どんな感情でもいいから口に出して言ってみろ」と言ってくださって。茂木先生の言葉をきっかけにして、頭の中でがんじがらめになっていた自分から自由になれた実体験があるんです。

私は他人にどう見られるかを気にしすぎて、言葉が出せなくなっていたのですが、ほかにもいろいろな理由で、自分の感情を言葉にするのが苦手な方がいらっしゃるのだと思います。

言葉がもともと苦手という人もいれば、社会的地位が高くなって感情を押し込める癖がついた方もいるでしょう。自分の感情を素直に表せず、周りから見ると「わかりにくい」人であっても、どんな人でも感情を持っています。その方たちが困っていらっしゃるのだとしたら、やはり周りの方が心の引き出しをトントンと叩いて開けて差し上げるといいですよね。

誰でも皆、心に宝物というべき大好きなものを持っています。なかなか心にアプローチされにくい方々には、「宝物がどこにありますか?」と言って、心の扉をノックして差し上げたいですよね。

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