4分間で350本売った「チーズケーキ」の凄み 料理人のキャリア問うフレンチシェフの挑戦
「シンプルで誰が食べてもおいしいものを、誰よりもおいしく作りたい」と考案したケーキは、「その瞬間でしか食べられないはかない食感」を目指した結果、クリーミーで柔らかいチーズテリーヌに。クリームチーズにサワークリーム、ヨーグルト、生クリームと4種類も乳製品を使う。小麦粉は使わず、コーンスターチとホワイトチョコレートと卵で、形を保てるギリギリの固さにしてオーブンで焼く。常温では崩れやすいので冷凍して発送する。
香りづけもバニラにレモン汁、そしてトンカ豆という桜餅や杏仁豆腐を思わせる香りを持つ香料、と3つも使う。その結果、「体験したことがないけれど、何か記憶に残っている。懐かしさと新しさを同時に持つことができる」香りと味わいを持つ商品が完成した。
顧客からは、「チーズケーキを好きじゃない人が食べてくれる」という声が届き、SNSで「子どもが食べました」と送られてくる写真では、「ほぼお皿を舐めています」と田村氏はうれしそうに語る。子どもから大人まで「ハマる」のは、チーズの濃厚さより、甘酸っぱさを感じさせる「カルピス的」な優しい味わいゆえかもしれない。
フランス料理人から“いきなり”チーズケーキ店に転身したようにも見えるが、独立したのは熟考の末だ。そしてそこには、ちゃんとした戦略とビジョンがある。それは料理人や飲食業界の常識を問うものである。
「店を持つこと」がゴールでいいのか
現在、33歳の田村氏は、新宿調理師専門学校を卒業後、いくつかの店で修業してシェフも務め、2015~2016年にはフランスで修業。2017年にティルプスのシェフになる。翌年、フランス発の美食ガイド『ゴ・エ・ミヨ』で「2018年度期待の若手シェフ賞」に選ばれた。
賞を取ると、レストランに来る客層が変わった。「食べることに興味がある人とかフードジャーナリストが多くなった。でも賞を取ったからといって僕が変わるわけではないし、料理がおいしくなるわけでもない」と疑問を抱いた田村氏。「有名になりたい」という気持ちが、自分の原点と違っていたことに気がついた。
それ以前に、オーナーシェフを目指す従来の料理人のキャリアに疑問を抱いていた。とくにフランスから帰国後、料理人同士で素材や料理法について語り合うより、客の起業家などとビジネスとしてのレストランを語るほうが楽しくなった。
「レストランでは、料理人が2年、3年周期で店を移るのが当たり前。ということは、店を持ったらつねに人を探す苦労が付きまとう。また、客単価と客数と営業日数で売上が決まるので、先が見えてしまう。スタッフに多く給料を払おうとすると利益が減るから、新しい挑戦もしにくい。店を増やして利益を伸ばすことはできますが、別の人がシェフをする支店では『味が落ちた』とか言われがち。数字を伸ばすのが難しい業界なんです」
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