「バーニーズ」潰したアメリカ消費の劇的変化

そもそも富裕層狙いなんかではなかった

8月5日に米連邦破産法11条を申請したバーニーズ(写真:Andrew Renneisen/The New York Times)

ディーン&デルーカが1977年にニューヨークのプリンスストリートにオープンした直後から、アーティストのドナルド・ジャッドは毎週そこで食料品を買うようになった。ニューヨーク・マガジンが、ソーホーはニューヨークで最もエキサイティングな居住エリアだと伝えた3年後のことだ。

ジャッドとダンサーの妻がスプリングストリート付近に住んでいたその頃は、作曲家のフィリップ・グラスや彫刻家のリチャード・セラがまだ配管工の仕事をしていたときで、ディーン&デルーカができるまでは8番ストリートの南でルッコラを売っている場所はなかった。

バーニーズがもたらしたもの

混沌とした1970年代のニューヨークにノスタルジーを覚える理由が理解できない人もいる。私にしてみれば、その頃は有名なコンセプチュアルアーティストにホールフーズで出くわすような時代だった。

ホイットニー・ビエンナーレに出展しているアーティストがホールフーズのレジに並び、カリフラワーライスが10%引きになるアマゾン・プライムの会員であることを示すためにスマートフォンの画面をスクロールする場面に遭遇することはなかった。

1970年代と1980年代は、洗練されたショッピングが効率性や自己否定、投資銀行の計画によって定義づけられることはなかった。ディーン&デルーカはそれ自体がアートだった。ショッピングは自己実現の行為であるという精神から生まれたバーニーズ・ニューヨークもそうだった。その2つが今、経営上の苦境に立たされている。

1980年代後半に創業したバーニーズは、知的で都会的なファッションをもたらした。アメリカ人のセンスを支配した見えや、現在では大勢が社会進出している女性たちに課されたまね事の男らしさに反発するものだった。

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