仕事が嫌な時「逃げていい人」「ダメな人」の境界

「逃げるは恥かつ役に立たない」場合もある

自分が40歳を過ぎたあたりから、20代中盤~30代前半の若者と飲むと「会社を辞めたい」と言われることが多々ある。それはそれで構わないのだが、彼らはとくに不満がないのに辞めたいと言うのだ。最も多い理由は、「このままだと、ぬるま湯になるのでは」という焦りである。

会社の同期が独立して起業する様を見たり、フェイスブックでつながっている人々が華麗なる転職を決めたり、友人同士で会社を作る様を見ると、彼らは「このままでいいのだろうか」と焦り始める。

こうした気持ちを抱くことはよく理解できる。だが、そこそこ待遇がよく、成長もできて仕事仲間や取引先に対する嫌悪感もないのであれば、そこまで焦って辞めないでもいいのでは、とも思う。

2000年代前半には「転職35歳限界説」というものがあった。しかし、今やこれは死語になっている。若者による新しい企業が立ち上がったときなど、40歳を過ぎたベテランの能力が必要になることもよくある。それなので、明確に「もう私はキツイ」や「ここにいる意味はなくなった」と思うまでは焦らないでもいい。

人生の岐路でいろいろ考えたり、悩むのはいいことだが、「これはさすがに逃げないほうがよかったのでは……」と、今でも思うのが私の大学後輩・Kである。現在は楽しそうに生きているので、彼の生き方は尊重するが、新卒で入った大手広告代理店で何か実績を挙げていたり、よい仲間を見つけていた場合の彼は異次元の活躍を見せていたのでは……と勝手に期待をしてしまうのだ。

大手広告代理店から逃げた「K氏」

Kは2001年に大手広告代理店に入社し、名古屋のクリエイティブ部署に配属された。しかし、「こんな味噌蔵みたいな場所にいられっか!」と配属から約8カ月でタイ・バンコクに逃亡する。職場は困惑するばかりである。上司や同僚間で「誰かアイツのいる場所わかるか?」「まったくわからない」「どうするよ」「困ったな」といったやり取りがあったことだろう。

数カ月間バンコクで過ごしたKは、「ここまでやれば、上司も僕が名古屋にいることが心底イヤだとわかり、東京に戻してくれるだろう」と出社した。すると席はなくなっていた。「あれ、僕の席はどこですか?」と聞いたら「お前、クビになってるぞ」と言われた。

以後、Kは無職となり、それから約3年後、急に私の前に現れて「なんか仕事くださーい! なんでもやりまーす!」と言い、一緒に雑誌『テレビブロス』や「広告」の仕事をやるようになった。

その後、謎のベトナム人バンドを結成したり(彼は日本人)、歌舞伎町のカレー屋で働いたり、フジロックの会場に最も近いSAにて激安で仕入れたサイリウムを高値で販売するなどしながら、『テレビブロス』の編集を始めて今年で15年となった。

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