民族自決権の濫用は悲惨な結果をもたらす--ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授



 同様に東ナイジェリアがナイジェリアから独立して「ビアフラ共和国」を建国すると決めたとき、ナイジェリアは同国の石油の大半がビアフラにあると抵抗した。彼らは石油は北部地域の住民だけでなく、ナイジェリア全国民のものだと主張した。

89年以降、民族自決問題がソ連と東ヨーロッパの間で深刻な問題となった。コーカサス人、アゼルバイジャン人、アルメニア人、グルジア人、アブハジア人、チェチェン人は民族自決の原則に基づいて国家の建設を要求した。

ユーゴスラビアではスロベニア人とセルビア人、クロアチア人が90年代初に独立共和国を建国しようとした。ボスニア紛争は市民に甚大な被害を与え、大量虐殺にかかわった人々の戦争犯罪の裁判が96年からハーグの裁判所で行われている。ボスニア紛争は複雑で、ボスニア人とクロアチア人、セルビア人、ムスリム人の間の緊張がどこまで紛争の原因となったのか、セルビアの介入がどこまで暴力の原因となったのかを判断するのは難しい。

94年のルワンダの大量殺戮と同様に、国際社会は一致してバルカン戦争を非難したが、NATOの平和維持軍が派遣される95年まで、有効な共同活動について合意することはできなかった。

民族自決はあいまいな道徳的原則である。ウイルソン米大統領はこの原則で1919年の中央ヨーロッパの諸問題を解決できると考えたが、解決した問題と同じ数だけ問題を作り出してしまった。ヒトラーは30年代にこの原則を利用して脆弱な国に揺さぶりをかけた。現在、同じ人種で構成される国家は世界の10%にも満たない。民族自決権を最も重要な道徳的原則として扱うと、多くの地域で悲惨な結果を招くことになる。

大切なことは、誰が決定するのかだけでなく、何を決定するのかを問うことである。集団が一緒に暮らすのが難しい場合、国内問題では一定の自治権を認めることは可能かもしれない。それによってスイスやベルギーなどに見られるような、ある程度の文化的、経済的、政治的な自治権を認めることができるだろう。

緩やかな結びつきを形成するのが難しい地域では、チェコスロバキアが93年に平和裏に二つの主権国家に分離したように友好的な取り決めをすることも可能だろう。しかし絶対的な自決権を要求する場合、注意深く取り扱わないと際限のない暴力の連鎖を生み出すことになる。

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

(写真:Modzzak /Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported)

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