北朝鮮の処刑・粛清説になぜ誤報が多いのか 南北間の貿易・往来の禁止措置で情報不足に

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もちろん、実際に労役刑や謹慎中だったにもかかわらず、韓国メディアの報道をあえて否定する行動に北朝鮮側が出たという見方もできる。銃殺されたという金革哲氏は、現在も北朝鮮メディアなどに姿を現していない。

しかし、後出しじゃんけんにはなるが、筆者は今年3月下旬には金英哲氏も金革哲氏も健在という情報を得ていた。金革哲氏に至っては、北朝鮮外務省で姿を見たという証言もあった。だが、どうしても十分な確認をとれなかった。とくに人事に関する情報は、北朝鮮という国家体制上、流れてくる情報が極端に少なく、確認がさらに難しくなる。結局、筆者は記事にできなかった。

報道内容について、北朝鮮専門家が疑義

今回の朝鮮日報の報道内容について、韓国側でも少なくはない疑義が出た。韓国は二分論、すなわち政治志向の面で保守と革新(韓国では「進歩」)がはっきりと分かれる。北朝鮮に対しても、距離を狭めようという勢力と強硬姿勢で臨むべきという勢力に分かれて激しい論争が繰り広げられ、深刻な対立が生じることもある。

今回の報道でも、「恐怖政治が続く北朝鮮」とみる人もいれば、今回の報道が誤報ではないかとして「北朝鮮=悪魔というフレームを意図的に駆使しようとしているのではないか」(ソウル新聞)と批判する勢力もある。

北朝鮮専門家の中では、朝鮮日報の報道内容に対して疑義を唱える意見が多かった。とくに、韓国のシンクタンク・世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)研究企画本部長は「金革哲処刑説と金英哲労役説に対する7つの疑義」と題したリポートを発表し、報道内容に対し逐一、論理的な批判を展開した。

例えば3月に処刑されたという金革哲氏が、4月13日に目撃されたという比較的信頼できる情報があること。実務陣を統括していた金英哲氏が労役刑で、その部下である金革哲氏が処刑されたとすれば、責任の取らされ方として刑の軽重が不公平であること。

しかも、4月に開催された最高人民会議(日本の国会に相当)の際に、金英哲氏が党中央委員会副委員長に留任し、さらに国務委員会委員と最高人民会議常任委員会委員といった要職に再選出されているのに、今となって労役刑に処されるのはおかしいと指摘したのだ。

これに加え、「会談が失敗したからといって、交渉に当たった人材をすぐさま処刑することには無理がある。北朝鮮は今後もアメリカとハードな交渉をしていかなければならないのに、一度失敗したからといって担当者を処刑するという判断にはならない」「処刑、労役刑といった厳罰に処せられるなら、今後北朝鮮内で対外交渉を担おうという人材は出てこない」(いずれも中国の北朝鮮専門家)という指摘もある。

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