「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる? 過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く

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現在でも上京した若者にとって同棲は憧れの的だろう。とはいえ、今も昔もそれは将来への展望を欠いたものとなりがちだ。木造アパートでの彼女との貧乏同棲生活を続けていくことを夢見ていた喜多條自身、母親から「あんたが結婚するまでお父さんが生きていたら、家の建て売り一軒くらいはプレゼントする」と言われた瞬間、将来の生活のイメージがガラガラと変わっていく。

僕は今まで心に描いていた、彼女との四畳半一間の天井にシミのついた家から、木の匂いがして、窓から庭の植木の見える二人だけの壁のある部屋へと、イメージチェンジしていく[…]寒さに凍え、縮まることもなく、空腹故の心の絶望的なまでの苛立ちや、今までの、今の、そして明日からの見通しのないさめた顔を見つめ合うときも持たずに、その代わりに、温かい湯気の向こうからみち子の顔がうっすらと見え、僕は柔らかな音楽と甘い視線のなかで「生きている安定」を噛みしめる。
(「20/December」『神田川』)

貧乏同棲の魅力が潮引けば、同棲の外側で共同生活を伴わない恋愛が追求されるようになる。事実、非親族世帯(2人以上の世帯で、世帯主の親族がその世帯内にいない)の割合は1970年代後半から1980年にかけて大きく落ち込んでいる。

しぜんと、同棲を実現しやすい一人暮らしより、金銭的に余裕ができる実家暮らしが尊ばれるようになる。1988年の『ポパイ』に「結論ひとり暮しはモテる!」(9月7日号)という特集が打たれたのは、それ自体がすでに「ひとり暮らしはモテない」というイメージが固着していたことの表れだろう。

この間、「婚活」の原型ともいうべき現象をつくった1983年創刊の雑誌『結婚潮流』も創刊後すぐに同棲に反発する特集を打っている。それは結婚と結び付けて同棲を否定するものというより(処女性との関連でそうした議論をしたものはあったが)、むしろ恋愛からそのままなだれ込む同棲を無批判に賛美することに疑問符をつけるものだった。そして、同棲とは離れた恋愛が追求される。

どうやらわたしたちがいま慣れ親しんでいる、結婚からバックキャストして考える同棲の日本での源泉は、このあたりにありそうだ。

「前奏曲」としての同棲

結婚の前駆として同棲を捉えることは、なにも日本に特有の現象ではない。欧米では若者における同棲が結婚の「前奏曲」(プレリュード)として機能することが増えていると指摘されている

例えば、スウェーデンのサムボという同棲を法的に保証する制度をみてみよう。35~44歳のカップルについてみると、法律婚カップルの9割はサムボを経験している。それらの結婚に至る年数は3年以内が半分程度となっていて、確かに結婚の試験期間として機能していることがわかる。

同棲は結婚を準備するだけでなく、出生率や子どもの厚生にも貢献しうる。例えばアメリカでは、4割の子どもが未婚の母の下に生まれる。さらに、ある推計によれば、未婚の母の4割は子どもが12歳になるまでに同棲を経験し、さらにその割合は全児童の5割近くにまで上昇すると見込まれている

一般的に同棲の下にある子どもはシングルマザーの下の子どもに比べて社会的にも経済的にも生活の安定性が高いから、安定的な同棲を促進することは、出生率改善や次世代の厚生にもつながりうるのである。

実際、同棲は出生率、しかも計画的な妊娠を促進するといわれている

もちろん、日本で突然同棲カップルが増えるということは考えにくいし、まして子どもを産むのは結婚してからという固定観念の強い中、突然に婚外子の出生が増えることはないだろう。

それでも、ここで論じたとおり日本社会の中でも同棲の意味づけは大きく変化してきた。これからも若者たちが同棲をどのように捉え、実際に同棲するかは変化していくだろうし、そんな極めて「私」的に思われることは、実は日本社会の恋愛観や結婚観や、出生率といった「公」的な問題とも絡み合っているのである。

佐藤 信 東京都立大学准教授

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さとう しん / Shin Sato

1988年、奈良県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院法学政治学研究科博士後期課程中退。博士(学術)。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て2020年より現職。専門は政治学、日本政治外交史。著書に『日本婚活思想史序説』(東洋経済新報社)、『鈴木茂三郎』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、共編著・共著に『政権交代を超えて』『建築と権力のダイナミズム』(ともに岩波書店)、『天皇の近代』(千倉書房)、『近代日本の統治と空間』(東京大学出版会)など。

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