「同棲」に対するスタンスで年齢がバレる?

過去50年の「日本の同棲観」の変遷を読み解く

人文地理学者の中澤高志が言うように、親の家に住む(パラサイトする)未婚者は、いくら成人していても、親が定めた住まい方のルールに従う「子ども」でありつづけることになる(由井義通編著『女性就業と生活空間』。

だからこそ、実家を出ることは自立のための大きな一歩だ。東京では60年代から一人世帯が急増しており(一人世帯の増加は全国的傾向ではあったが、それと比較しても2倍ほどの割合だった)、下宿はそうした一人世帯の増加を引き受けたのだった。

だが、その下宿の時代も70年代前半には下降傾向に入る。寄宿舎・下宿屋の数で見ると、70年代前半をピークに数は減っていくし、住宅総数との比率で見るとピークはもう少し前に存在している。とにかくそれから下宿の数は右肩下がりに下がっていくのだ。「神田川」が若干の郷愁を誘いながらも、若い人々にもよく理解されたのは、70年代前半がまさにこの転換期だったからにほかならない。

夢の同棲

この下宿こそが若い男女2人の慎ましやかな同棲を準備する。喜多條の当時の詩に「ふたり」というのがある。

今日のあらゆる喧噪から離れて
今はあくまでふたりであろうとする
あしたはスープをつくろっと
おいしいスープを
みち子は冷蔵庫を開けながら
微笑する
僕はそれを横目で見て
美しいと思う
(「ふたり」『神田川』1974年)

「喧噪」とは学生運動のこと。詩の最後には「今日は一つの学校が潰れた日/ここまで滅びさせた奴らだけが/再建だ入試だとほざいた日だ」とある。彼にとっての下宿とは、そうした闘いから逃避する場所にほかならなかった。

冷蔵庫があるくらいだから、生活も決して貧しいわけじゃなかったんだろう。彼は、大学を出てからも同じような同棲をしたいと夢見ている。

ときどきふっと淋しい気持に落ちていく。隔絶した両親、厚い壁のできたR、近いが手を握れないH、そしてみち子までが、僕から遠ざかってしまうときがある。僕はあわててみち子との「壁が四方にある部屋のなか」での楽しい生活を夢見る。
(「5/December」『神田川』)

その個室は外界からの避難所であるだけではなく、淋しさを埋める場所でもある。温かさが漏れ出さないために四方はしっかりと囲まれていなければならない。コンクリートで囲まれた団地の住居に比べるとずいぶん守備力は落ちるとはいえ、彼にとっての木造アパートは「2人の城」だったのだ。

もっとも、その「2人の城」を手に入れることは簡単ではなかった。同棲生活の象徴のように扱われる「神田川」でも、彼/彼女は二人とも大阪の人で、上京しているのは喜多條だけだから、同棲が実現したのは彼女が一時的に上京したほんのわずかな時間だけだ。まして実家暮らしの都会出身者にとっては同棲など夢のまた夢。だからこそ、三畳一間での同棲が憧憬と郷愁をもって語られるのだ。

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