骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む
経済が被追国になってしまったときには、魅力的な民間投資が見いだせない状況にあるため、経済を成長過程に戻すには社会収益率の高い公的投資に財政資金を回す必要がある。公共投資は、民間の私的投資と異なり、社会資本、教育制度の充実など、多くの企業の生産性を高め経済全体に外部性が及ぶことになる。
ただし、どのような公共投資を行うかは難しい課題であるため、一部集団のための利益誘導型政府支出にならないように独立した財政委員会を設立し、専門的技術・知識を有する委員によって、適切な公共事業プロジェクトを探すことが重要であるとしている。
こうした有能なスタッフからなる独立財政委員会の設立は容易なことでないように思われるが、超低金利のバランスシート不況の下では、その金利水準を上回る社会的収益率をもたらす公共事業プロジェクトを見いだすことができるだろうと、クー氏は比較的楽観的である。
クー氏の、こうした提言は、アベノミクスの第3の矢である成長戦略に密接に関係するものである。さらに、減税と規制緩和により、イノベーション、新規企業により構造改革を推進することを提言している。さらには、一般教育の充実など大学教育の改善などが、被追国の日本にとって不可欠であるとしている。
またこうした構造改革が成功し、資金需要が旺盛になる成熟経済に戻るまでには10年以上待たなければならないと予測している。これは、アベノミクスが成功したかどうかを判断できるのは安倍政権後であるということを意味している。
ヨーロッパ諸国が抱える財政問題
被追国になったのは日本だけでなく、所得の伸び悩みが続いているヨーロッパ諸国も同じであるとしている。また、EU諸国がバランスシート不況に陥っているにもかかわらず、ヨーロッパの金融当局とエコノミストが、そのことを認識せず、黄金期の経験と従来の経済学に基づき低金利政策を推し進めていると、クー氏は批判している。
こうした不況には財政政策で対応すべきであるが、EUの財政赤字に関する規定によって各国がそうした財政政策を実行することができなくなっていると指摘している。
経済発展の過程で多くの国が被追国になるが、これから中国も同じようにルイスの転換点(注:工業化の過程で農業部門の余剰労働力が底を突く時点のこと)を迎えた後にどうなるのかは興味深い点である。ルイスの転換点を越えたアメリカが、なぜ現在でも日欧諸国よりも高い成長を遂げているかを知るのも、日本経済の将来を考えるうえで重要である。
これまでは、資金の借り手がある経済とない経済についての議論であったが、クー氏は資金の供給サイドについても貸し手がいる状況といない状況とを区別している。
貸し手がいない状況とは、金融機関の不健全化によって貸し渋りなどで資金供給が行われなくなる状況である。これもバブル崩壊の結果、不良債権の発生とその累積は、金融機関にバランスシート問題を引き起こしたため、貸付資金の回収や貸し渋りが行われた。
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