骨太解説「日本の金融政策」がかくも無力なワケ 経済学の重鎮が「追われる国の経済学」を読む
企業経営者にとっては、バランスシートの悪化で資金調達に苦労した経験がトラウマとして残り、利益最大化から債務最小化に企業行動が変化したために、資金需要がなくなったと主張している。
しかし、バランスシート問題を抱えた企業が債務を削減することが、企業の利益最大化原理の変更を必ずしも意味するものではない。すなわち、バランスシートが悪化した経営状況での資金調達コストや倒産リスクを考慮に入れると、投資収益との比較で債務減少が利益最大化にかなうものであり、債務削減は利益最大化行動の合理的決定の結果であると考えられるのではなかろうか。
こうした経済状況すなわちバランスシート不況では、ゼロ金利という超低金利の下でも、企業による資金需要がなくなるのである。
日本経済は現在こうした状況にあるため、従来の経済学に基づいた低金利政策は、バランスシート不況から脱却するためには無力であると、クー氏は主張する。黄金期で資金需要がある成熟経済には従来の金融政策が有効であるとしても、現在日本経済が直面している状況では無効であることを政策当局者や多くのエコノミストは理解していないと批判する。
すなわち、企業等の資金需要のある経済での金融政策は、中央銀行のマネタリーベース供給と銀行貸し付けによる信用創造を通じてマネーサプライを変化させ、実質金利をコントロールし景気調整を行う。しかしバランスシート不況の下では、企業の資金需要がないため、銀行信用を通じた貨幣乗数効果が働かない。そのため金融緩和政策はマネーサプライを増加させることができず、期待したような効果を及ぼさないのである。
金融政策が有効でなくなったときのマクロ経済政策として財政支出の増加を提言したのはケインズである。
ケインズ経済学では、失業の存在する経済不況の下で市場金利がゼロに近づき流動性のわなに陥った経済状況では、マネーサプライを増加させたとしても金利を低下させることができない。そのため金融政策は無効になり、有効需要を増加させることができなくなる。それに代わり、政府が財政支出を増加させると、有効需要に直接影響を及ぼし、その効果が国民所得、そして消費に波及し、乗数効果を通じて景気を刺激するとした。
こうしたケインズ政策に対して、ミルトン・フリードマン等のマネタリストは、財政支出による景気刺激策は有効でないと反論し、また多くのエコノミストも、財政支出のための政府の資金調達は、民間投資資金と競争的になるため、市場金利を上昇させるなどクラウディングアウト効果が働くため、乗数効果も小さいと主張してきた。
景気対策の中心は財政政策に
クー氏は、民間企業の投資意欲が旺盛であり資金需要が大きい経済状況では、景気調整は財政政策よりも金融政策で行うべきであり、政府の資金需要が民間投資を押しのけるとしている。しかし民間の資金需要がない状況では、ノーマルの経済状況に回復させるためには、公共投資に依存するしかないと主張する。
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