娯楽のない北関東はパチンコ、競艇などのギャンブルが盛んだ。4歳上の恋人はパチンコとスロットが好きで、暇さえあれば、パチンコ店に通っていた。稼いでもすべてギャンブルに使い、最終的には数社のカードローンが満額になった。総額300万円近い借金である。
「怒りっぽい粗暴な性格で、ギャンブルに負けると私にあたる。殴られたり、蹴られたりが日常になって嫌になって別れたいと言ったときから、すごい暴力を受けるようになった。その人は末っ子、私と同じ境遇で、親が長男ばかりかわいがって父親から虐待を受けていた。それでグレてそういう性格になってしまったようでした。自分の思い通りにならないと、本当に狂ったように暴れる」
血まみれになって裸足で実家に逃げた
ある日、殺されるのではないかと思うほど、殴られたことがあった。鼻血がでて血まみれになっても、暴力はとまらなかった。裸足で逃げた。車に飛び乗って、痛みに耐えながらハンドルを握って実家に助けを求めた。実家に戻ると、両親と兄がいた。手当てはしてくれた。そして、数時間後に追いかけてきた男が実家までやってきた。
「男は実家に上がり込んできて、私を抱えて外に連れだした。放り投げるようにして、車に乗せられた。両親とお兄ちゃんに助けてって叫んだけど、全員黙ったままで私を見ようとしない。後ろ姿に何度も助けてって叫んだけど、ダメでした。結局、連れ戻されてまた同じ生活です。そのとき、本当に誰も助けてくれないことを悟りました」
ランチタイムのファミレス、角の席に座る沢田さんの独白のような話は続いた。声が大きい。隣の席に座る客は、時折、われわれのほうを眺めている。男から逃げることができたのは、18歳のときだった。
「そのあたりから本格的に男に依存するようになりました。寮付きの水商売を転々とした。優しい言葉をかけられたらすべてOKしていました。優しくされるだけでうれしくて、断れないし、断る理由がない。恋人を1人に絞るみたいなことができなくて、男関係はずっとメチャクチャでした」
この7年間ほど、ずっと心療内科に通っている。心療やカウンセリングで自分のことを考えることがあり、現在も語りながら自分自身を整理しているようだった。
ひたすら男性との関係は増えていった。同時進行した恋愛関係の最高人数は7人の恋人と、3人の肉体を目的にした友人関係という。一日、何人もと重なる。予定を覚えきれず、混乱するほどだった。そして、27歳のときに長男を妊娠した。SNSで知り合った男性で、7つ年上の新聞配達員だった。
実家から離れて10年近くが経っていた。妊娠がわかったとき、最初に浮かんだのは両親の喜ぶ顔だった。
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