「よい現場」が成長戦略のカギを握る ものづくり論の大家・藤本隆宏氏の提言(上)

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要するにいまの「成長戦略」は、企業の視点が強く、産業や現場の視点が弱い。規制緩和と減税を唱える大企業の声が強く反映される半面、「よい現場を国内に残さねば長期的成長はない」という土台部分の議論が希薄である。

そもそも国の過剰規制は、いわば国が自ら踏んでいるブレーキである。いまの成長論議は、企業が国に「ブレーキを解除しろ」と要求し、逆に国が経営者に「そうするから君らも萎縮していないでアクセルを踏め」と見合っている状況に見える。たしかに規制というブレーキを緩和すればクルマは加速するだろう。しかし、そこには、エンジンである産業現場の視点が不在である。どうやってよいエンジン、つまり「よい現場」を国内に残すかを抜きにして、長期的な経済成長も産業競争力も完結しない。

「民間を活かす」というのも正論だが、「民間活力」イコール「企業の利益追求」とは限らない。全国の現場や、現場密着の中小企業が、不況・円高・新興国・産業転換に対抗し、逆境のなかで能力構築と生産性向上を数十年続けてきたことも、日本によい産業が残れたもう一つの理由だ。こうした現場の目的は、利益よりはむしろ存続と雇用である。たいてい現場の2階に社長室がある中小企業にも、こうした「現場の論理」は浸透しており、多くは利益と存続・雇用のバランスを取る。そしてその多くは、数十年の逆境のなか、しぶとく存続してきた。これもまた「民間活力」ではないか。

総じていまの成長論議には、「よい現場を日本に残さねば成長は長続きしない」という下から見上げる視点が希薄だと筆者は思う。

日本経済の土台を支える「沈黙の臓器」

一国経済や世界経済の成長を支える生産性向上も、能力構築も、労働者の雇用も、第一義的には現場で行なわれている。日本経済は、その供給面において日本産業の集まりであり、日本産業は日本の現場の集まりである。経済成長のエンジンは究極的には現場にあり、企業や国や自治体がよい現場を大事にしなければ、成長は長続きしない。

現場は、地域に埋め込まれた存在であり、自らの存続と雇用確保を目的関数とする経済主体である。2年で生産性を3倍にした地方の組立工場長や、自社技術の新用途を1日中考えている中小鍛造メーカーの社長に、なぜそこまでするかと聞けば、「うちの従業員○○人を食べさせるため」「リストラしないのが社訓」「人を切ったらこの町では道を歩けない」などと答える。

そうした現場や中小企業が、存続と雇用のために、じたばたと生産性向上や仕事の創出に走り回ることによって、40年間の円高、20年間の経済停滞、そして厳しいグローバル競争のなかで、日本に一定の産業が残り、貿易黒字が続き、国際的にはまずまずの生活水準が維持されてきたのだ。

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