「よい現場」が成長戦略のカギを握る ものづくり論の大家・藤本隆宏氏の提言(上)

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

現場は、一国経済の土台を支える「沈黙の臓器」であり、自らは大声で発言しない。黙々と存続の努力をするのみだ。そのためか、為政者も経営者も現場の実態を見過ごしがちだ。いまの成長戦略も、こうした現場の努力や潜在力にほとんど言及していない。

「日本再興戦略」に示された国の成長戦略は、ある意味で、企業と家計(国民)を経済の基礎単位と考える教科書的な経済学に忠実である。企業が自由に利益追求し、その足枷になる諸規制を国が緩和すれば、衰退産業の企業は縮小・消滅し、成長産業の企業は投資を行なう。仮に前者から後者へ労働力がスムーズに移動し、ベンチャーの参入も活発化すれば、成長産業を牽引車として経済成長が実現する。こうした「スマートな経路」が、間違った道だとは思わない。

しかし、企業のさらに下層に、「とにかく生き残る」という集団的な意思をもった「現場」という経済主体を想定するとどうなるか。現場は自らの存続のために能力構築や生産性向上を続け、身売りされても他企業の傘下で生き残り、依拠する産業が衰退しても敷地内で産業転換していく。生産性向上で人が余れば、解雇よりも、トップが彼らの仕事を見つけるほうを選ぶ。つまり、企業や産業を超えて現場がしぶとく存続し、雇用を維持しようとする。

こうして現場がもがくことによって、結果的には既存産業の競争力が高まり、小さな草の根イノベーションが既存企業から多発する。労働生産性が高まり、小さな有効需要創出が累積する。じつに「泥くさい経路」ではあるが、これらもまた、経済成長に寄与するのだ。

「規制改革・投資減税→成長分野への投資促進→経済成長」という「日本再興戦略」の図式は、概して主流派経済学と親和的である。しかし、日本全国の現場、とくに貿易財の現場がもっとも厳しい競争を生き延びてきたこと、しかもまだ生産性向上の大きな伸び代を残していること、これらの現実を視野に入れない成長戦略は、その点でリアリティが不足していないか。

詳しくは他に譲るが、主流派経済学が、おそらくはA・マーシャルの『産業と商業』あたりを最後に、過去約100年、産業競争力論を捨象することで一般均衡論の理論的純化に成功してきたことが、いまの主流派的な経済政策における、企業の自由(規制改革論)の重視と、産業の現場強化(能力構築論)の軽視につながっていると筆者は考える。つまり、主流派経済学の強みと弱点が、いまの成長戦略の説得力と違和感に反映していると思われる。

『Voice』2014年1月号より)

藤本 隆宏 東京大学教授
ふじもと たかひろ

1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A.)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長。専攻は技術管理論・生産管理論・経営管理論。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事