「よい現場」が成長戦略のカギを握る ものづくり論の大家・藤本隆宏氏の提言(上)
役所の引き出しにあったものがいっせいに出てきた促成の寄せ集め感は否めないが、政策を表現する文章として筋は通っていると思う。
いずれにせよ、「日本再興戦略」の中心は規制改革と投資減税であり、13年1月発足の「産業競争力会議」も、いまのところ議論の中心は規制改革のようだ。
「成長戦略」に対する内外マスコミの論調も、規制緩和の実効性に集中している。批判する者は規制緩和の不徹底やスピード不足を批判し、あたかも成長戦略イコール規制緩和政策であるかのようだ。その背後には、「デフレ脱却・規制緩和・投資減税→企業経営者の投資マインド改善→生産性向上・需要創出→経済成長」という因果認識があると思われる。
しかし、はたして国の経済成長は、規制緩和や投資マインドの問題だけに還元できるのだろうか。
ここで、筆者がもつ素朴な違和感を言おう。経済成長や産業競争力を課題とする場や文書なのに、主役であるはずの現場や工場への言及がほとんどないのはなぜか。実際、「日本再興戦略」の総論に「経営者」という言葉は数回出てくるが、「現場」も「工場」もゼロである。
ところが、労働生産性の向上も能力構築も付加価値の発生も、実際には「現場」で起こっているのだ。現場のにおいのしない成長戦略や産業競争力論は、どこか本物でないように見える。
「民間活力」=「企業の利益追求」とは限らない
筆者は規制改革にも投資減税にも原則賛成である。国の規制には、自動車の安全・環境規制のように、社会や産業競争力にプラスとなるよい規制もあるが、産業発展を阻害する過剰な規制もじつに多い。後者の緩和は経済成長につながると筆者も思う。投資減税も産業政策の定番で、異論はない。
ないうえで、もう一度問う。いまの「成長戦略」に、それを土台として支える産業の「現場」の発想が希薄なのはなぜか。たとえば以下のような問いにどう答えるのか。
・投資減税はよいが、設備投資や研究開発投資をすれば労働生産性は即、上がるのか。先端技術産業や装置産業ではそういうこともあるが、設備投資なしで労働生産性が2倍以上に上がりうることも、現場の常識である。
・規制改革はよいが、それは生産性向上や有効需要創出に本当に直結するのか。経営者に現場把握の能力や国内投資の意欲がなければ、規制改革も期待した成果を生まないのではないか。
・産業の新陳代謝は重要だが、それは既存企業が解雇した人を新興企業が再雇用することがつねに前提か。企業内・工場内で産業構造転換が起こることが地域の中小企業や生産子会社では多々見られるのだが。
・マスコミや言論界にいまだ根強い過剰な製造業悲観論や全製造業空洞化論に経営者が染まれば、国内投資や能力構築の意欲が減退し、規制改革も減税も十分に効かないのではないか。これに対する政府の長期的な産業観が明示されていない。