絶好調Netflixが「映画館に敵視される」事情 映画「ROMA」の成功の裏にある劇場主との衝突
さらなる抗議の姿勢を示すべく、オスカーノミネーション発表直後、アメリカの大手シネコンのAMCとリーガル・シネマは、毎年2月に行う作品部門候補作の特別上映イベントで、『ROMA』だけを除外すると発表した。
腹を立てているのはメキシコの劇場主も同じ。『ROMA』はメキシコシティーを舞台にしたメキシコ人監督の映画で、オスカー外国語部門にもメキシコ代表として提出されているのに、メキシコ最大の映画館チェーンがボイコットしたため、メキシコでは全国で40館ほどでしか公開されないことになった。そのことについて、キュアロンは、不満の意をあらわにしている。
ネットフリックスの功績は大きい
それは映画好きにとっても残念なことだ。『ROMA』は、まさに映画館向けの作品なのである。1970年代のメキシコシティーの普通の人たちの日常を描いていく今作は、モノクロの字幕映画であるうえ、焦ることなく、ゆっくりとしたペースで展開するので、家のカウチでなんとなく見ていたら、途中で気が散ってしまったり、おしゃべりをしたりしてしまうかもしれない。だが、映画館で2時間、黙って座って見れば、その映像の美しさと詩的なストーリーの語られ方に強く胸を打たれるはずである。
そもそもキュアロンは、これをネットフリックスの映画として作ってはいない。今作は、eBayの初代社長ジェフ・スコールが創設した、社会的に意義のある映画を作ることを目的とするパーティシパント・メディアが1500万ドルを出資して製作されたインディーズ映画。しかし、配給会社はどこも採算が合わないと判断して寄り付かず、ネットフリックスが買ったのだ。劇場配給が付かず、ストリーミングの会社に買われたというのは、少し前の常識で考えるなら、がっかりの結末だった。
それでも筆者は、ネットフリックスは「映画業界の敵」とは思わない。もし『ROMA』を小さな配給会社が買っていたら、宣伝費もあまりかけられず、全米数都市でちまちまとかけられる程度だったはずだ。とはいえキュアロンのブランド力もあるし、オスカーに外国映画部門に食い込む可能性は十分あっただろう。しかし今、ネットフリックスがやっているような、まさに嵐のようなマーケティングなくして、オスカー作品部門にしかも最多部門でということはありえただろうか。
何より作り手たちが望むのは、多くの人に見てもらうこと。従来の配給システムでは、話題になった映画も地方の田舎町に住む人は見ることができない。ネットフリックスは、そうでなければ映画館でかかることのなかった映画を救い、ちゃんと映画館でかけてみせた。その映画をより多くの観客に届け、その良さを発見してもらうことをしてみせた。そう考えると、彼らは本当に映画界の敵なのだろうか。
そう思わない監督は、多くいる。昨年はポール・グリーングラスやコーエン兄弟もネットフリックスで作品を公開したし、今年はマーティン・スコセッシが監督した『The Irishman』が控えているのだ。88歳のクリント・イーストウッドですら、ネットフリックスなどストリーミングと組むことを「絶対にやらないとは言わない」と言っている。
映画産業は大きく変わりつつあり、巨匠たちの目もそちらに向いている。その流れは、もはや止められない。
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