「カメラを止めるな!」俳優の波瀾万丈な生き様 濱津隆之「芸人、DJを経て役者になるまで」

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なかなか結果が出なくても、泥臭く好きなことを追い続け、ようやく花開いた濱津さん。しかし1度だけ、諦めようと思ったことがあったという。役者になって3~4年が経ったころ。参加した演劇のワークショップで、出されたお題がどうしてもできなかったのだ。それまでにも、思うような演技ができなかったり、ダメ出しを受けたりした経験はあった。それが積み重なり、臨界点を超え、これまでにない挫折感となったのだった。

それでも濱津さんは、なぜ続けてこられたのだろう?

"あきらめること"は、自分らしさを大事にすること

「結局、後悔したくないってことですね。その思いが自分のなかに残ってくれていたので、もう1回チャレンジしてみよう、という気持ちになれたんです。腐りかけもしましたが、結局自分はこの道でしか生きていけないんだなと。だから持ち直せたし、続けてこられたのかなと思います」

もうひとつ、今の自分がある要因として、濱津さんは「あきらめること」を大事にしてきてからだと語る。芸能や音楽で生活をしていきたい、という目標は捨てたくない。であれば、そこへたどり着くために、手段や方法を思い切って変えることも必要だという。

「ゴールへ行くための道は、1本だけではないはずなんです。僕も芸能や音楽の世界を目指してきたからこそ、芸人やDJをあきらめてきました。変に執着していたら、止めるタイミングを見失って現在も続けていたかもしれない。そうしたら今の自分はなかったはずです」

その考えは、役者になってからも変わらない。例えば二枚目俳優のような立ち居振る舞いをしても、誰もがさまになるわけではない。そもそも人は、顔も身長も体型も骨格も違う。無理に演じても滑稽になってしまうだけ。であれば、できないことはあきらめ、自分らしさを大事にすべきだと濱津さんは続ける。

「最初、二枚目を目指すべきかと勘違いしてしまったのですが、僕が役所広司さんのようになろうとしても無理なんですよね(笑)。だから、ぶざまでもいいから、自分のまんまでいたいです。あきらめるって、きっとそういうことでもあって。自分を楽にしてくれるし、好きなことをしていくために必要だと思うんです」

「できないことはあきらめ、自分らしさを大事にすべきだ」と語ってくれた濱津さん(撮影:梅谷秀司)

その個性的な風貌から、インターネットで「濡れた犬」「情けない感じ」など書かれることもある濱津さん。それを無理に殺さず、守り続けてきたことも、今回のブレイクにつながったのかもしれない。

余談だが濱津さんは、大ブレイクを果たした2018年のクリスマスも、家でひとりビールを飲んでいたのだという。「大学を出てから彼女はいない」「どうすればモテるんですかね?」とつぶやくその姿は、『カメ止め』で見せた“冴えない”“愛くるしい”役柄そのもの。現在も事務所には所属していないため、この取材の交渉もご本人に直接。編集担当者が送った依頼メールには、すぐさま丁寧な返信が届いたという。スクリーンの外の姿や振る舞いでも、映画を見たとき同様、取材班は濱津さんにすっかり魅了されてしまったのだった。

これから舞台や映画やドラマなど、役者としてさまざまなステージで活動していきたいという濱津さん。役柄が何であれ、活躍の場所がどこであれ、彼は彼のまま、その魅力的なぶざまさで、存在感を発揮していくに違いない。作中で、トラブルに見舞われてもカメラが止まらなかったように、濱津さんの役者人生も止まることはないのだろう。

肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京都生まれ。ルポルタージュや報道系の記事を主に手掛ける。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』(青月社)、『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。』(実務教育出版)。東京・新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」のオーナーでもある。ライフワークは愛の研究。

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