ヘイトを撒き散らす危険な「愛国思想」の元凶

「教育勅語=日本人至上主義」と認識すべきだ

安倍首相はもともと「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(通称:教科書議連)に属し、その矛先を歴史教科書にあててきた。その立場は、歴史修正主義と言っていい。

明治維新以降の近代化の過程において日本という国が行った侵略や植民地化、その間に日本の軍隊が行った戦争犯罪や非人道的行為に目をつむり、国家や民族の栄光を語ろうとする。そういう立場の執筆者による教科書もつくられてきた。

しかし、学習指導要領と教科書検定のもとでは、歴史修正主義を100%教科書に反映させることは難しい。なぜなら、学習指導要領の策定も教科書検定も、主に学者や教育者から構成され、一定の客観性・中立性を持つ審議会での合議を通じて行われており、それは学問の自由に基づく歴史学の成果の上に作られているからだ。「学問」による「歯止め」が利いているのだ。

だが、道徳の教科書ではそれが利かない。道徳には裏付けとなる学問がないからだ。学問による歯止めが利かない分、政治による介入の余地が大きくなる。審議会における合議も、拠り所となる学問の成果がなければ政治の圧力に抗しきれない。

2006年の教育基本法改正では、1947年法10条に規定されていた「教育」と「教育行政」との峻別と、教育の政治や行政からの独立性の確保が大きく後退し、代わって多数決による政治が「法律」の根拠さえ作ればいくらでも教育に介入できる道が開かれた。

文科省は安倍官邸の支配下

さらに、特に第二次安倍政権で顕著になっているのは、首相官邸を中心とする政治権力の強大化と肥大化である。官邸が各省を指揮命令する上部機関のようになってしまっている。それは大臣、副大臣等の各省の政務を執る与党政治家への支配力と各省の幹部官僚の人事に対する支配力が強まったことに起因する。

与党政治家への支配力の源泉は主に公認権(選挙で党公認を与える権限)にあり、幹部官僚への支配力の源泉は主に内閣人事局・人事検討会議を通じた人事の審査権・承認権にあると考えられる。このことは文部科学省においても例外ではない。

2018年10月に行われた文部科学省の事務次官以下の幹部人事は、極めて異例のものだった。当然事務次官に昇格するだろうと目されていたナンバー2ポストである文部科学審議官の職にいた人物が退官し、官房長在職中に定年を迎え定年延長の措置がとられていた人物が次官になった。

また、文部科学審議官には、文部科学省で局長級ポストに就いた経験のない人物が就任した。教育行政に関する筆頭局として新たに設置された総合教育政策局の局長に任命された人物は、長く省外にいて省内での指導力には疑問符がつく人物である。初等中等教育局の局長はこの局の課長を一度も経験したことがない人物だ。

このラインナップは極めて不自然であり、異常といってもよい。明らかに首相官邸からの政治的な介入により行われた人事であると考えざるをえない。今や文部科学省は完全に首相官邸の支配下に入ったといっていい。

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