福沢諭吉伝説 佐高信著 ~逸話を積み重ね「平熱の思想家」として描く

福沢諭吉伝説 佐高信著 ~逸話を積み重ね「平熱の思想家」として描く

評者 ノンフィクション作家・評論家 塩田 潮

 福沢諭吉については、本人の著作を含め、数え切れないほどの関係図書が存在する。この巨人思想家に「激辛評論家」として知られる著者が挑んだ。諭吉との関係は個人的にはおそらく評者と同じく4年間、慶應義塾大学に通ったことだけと思われる著者だが、執筆の動機について、諭吉を西洋かぶれと見て暗殺を試みた又従弟の話を松下竜一氏の著作で読み、俄然、興味を持ったと明かしている。

他の諭吉論との違いは、諭吉の言説の分析や評論は意識的に避け、同時代人や門下生、関係者などが遺した諭吉の逸話を積み重ねながら人物像を描き出すという独特の手法を採用している点にある。北里柴三郎、松永安左衛門、早川種三らの目を借りて諭吉の本質に迫る。練達の評伝作家というもう一つの顔を持つ著者の十八番の武器だが、本書でもその腕前は鮮やかだ。

著者が「諭吉の真骨頂」として取り上げているのは、門下生の「洋学紳士、馬場辰猪」の第五章で述べている「平熱の思想家」という実像であろう。

問題に直面して悩み、ますます過激になっていった馬場とは対照的に、「時代がどんなに異常で高熱、もしくは狂熱になっても、諭吉は平熱を保ちつづけようとした。それは決して容易なことではない。絶えず、暗殺の恐怖がつきまとったことだけでも、その困難さはわかるだろう」(「おわりに」)と説いているが、まったく同感である。

翻って、世の不正や矛盾を厳しく追及する「激辛評論家」の著者は「大熱の言論」で世直しを説き続け、「高熱の評論家」のイメージが強い。だが、素顔は「平熱の思想家」ではないかと気づかされる場面が過去に何度もあった。もしかすると、諭吉への共感を滲ませる本書を通して、そのことをそっと読者に伝えたかったのかもしれない。

さたか・まこと
ノンフィクション作家、評論家。1945年山形県酒田市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。高校教員、経済誌編集長を経る。「憲法行脚の会」呼びかけ人の一人。『週刊金曜日』発行人・編集委員。著書に『西郷隆盛伝説』『昭和 こころのうた』『城山三郎の昭和』『逆命利君』など。

角川学芸出版 1785円  310ページ

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