平成最後の「有馬記念」はどんな決着になるか

歴史的決戦が続いた過去29回を振り返る

平成14年(2002年)から平成16年(2004年)までの3年間はオリビエ・ペリエ騎手と藤沢和雄調教師が主役だった。平成14年と平成15年(2003年)はシンボリクリスエスが連覇。ペリエ騎手は有馬記念の外国人騎手初制覇だった。翌年は9馬身差の圧勝。

平成16年はゼンノロブロイがレースレコードとして残る2分29秒5のタイムで制した。ペリエ騎手、藤沢和師の3連覇は今も破られない大記録だ。この年から3連単が発売された。

平成17年(2005年)と平成18年(2006年)の主役はディープインパクト。しかし、平成17年は無敗の三冠馬として臨んだがよもやの2着に敗れた。勝ったのはクリストフ・ルメール騎手騎乗のハーツクライ。追い込み馬のこの馬が早め追走から抜け出す見事なモデルチェンジでディープインパクトに国内唯一の黒星を付けた。

ハーツクライを管理する橋口弘次郎調教師は勝てるとは思わずにレース直後の午後3時半に帰りのタクシーを予約していた。陣営ですら考えていなかった大金星はまさに「ルメールマジック」だった。

圧巻の引退レースを飾ったディープインパクト

しかし、平成18年のディープインパクトは現役最後のレースを圧巻のパフォーマンスで制した。4コーナーを飛ぶように回ってきた時の衝撃の強さは忘れられない。史上最多タイのJRAGⅠ7勝目を挙げて引退の花道を飾った。

2006年の有馬記念。引退レースでのディープインパクトと武豊騎手(写真:アフロ)

武豊騎手はあの平成2年のオグリキャップ以降、2着は6回あったものの実に15年ぶりとなる有馬記念2勝目だった。

凱旋門賞制覇はならなかったが、武豊騎手は最後の騎乗を終えて「今でもディープインパクトが世界で一番強いと思っている」と語った。

平成19年(2007年)はマツリダゴッホが勝って波乱の決着。2着が妹ダイワスカーレット、3着が兄ダイワメジャーできょうだいでの好走だった。

翌平成20年(2008年)は1番人気ダイワスカーレットが圧勝で昭和46年(1971年)トウメイ以来37年ぶり4頭目の牝馬制覇。

平成になっての牝馬制覇は初めてだった。2着に最低14番人気アドマイヤモナーク、3着に10番人気エアシェイディが入り3連単98万5580円は有馬記念最高配当となった。

平成21年(2009年)はドリームジャーニーが強烈な切れ味で差し切り勝ち。平成22年(2010年)はヴィクトワールピサがミルコ・デムーロ騎手の向正面でまくる好騎乗で制した。ヴィクトワールピサは翌年、東日本大震災直後のドバイワールドカップを日本馬として初制覇する偉業を達成し日本に勇気と元気を与えた。

牝馬ブエナビスタは平成21年がドリームジャーニーの強襲に屈し、平成22年は猛然と追い込んだがハナ差届かず2年連続で2着に泣いた。

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