経営不在を改めればオーケストラは甦る 平井俊邦・日本フィルハーモニー交響楽団専務理事
--赤字を削減するためにどのような施策を打っていますか。
これまでは典型的などんぶり勘定でした。信じられないかもしれませんが、あらゆるものをごったにして最終的に赤字が出ちゃったとか、足りないとか、そういう計算しかしていなかったのです。それではいくら支援金を入れてもザルですし、支援する企業の理解も得られません。まずはこのどんぶり勘定を改め、公演の採算を一つひとつ精査し、月次で決算を見るようにしました。
とはいえ、累損を通常の活動の中で解消しようとしても難しい。そこで企業再建と同様の手法でA勘定、B勘定に新旧分離しました。
まず、A勘定を絶対に黒字にしなければならない。そのためには経費を抑える必要があります。中身を見ますと、なれ合い取引、古いしがらみの中でがんじがらめになっているものがかなりあった。これをケンカしながら改めていきました。
まだ民間企業から見れば濡れ雑巾の状態ですが、だいぶ経費削減は進みました。とはいえ、オーケストラ経営というものは経常収入、経常支出ということだけで見ると、どうしても経常支出のほうが多くなる。日フィルの場合、年間で3億~5億円ほど足が出てしまう。これに、いろいろな補助金を加えることで黒字を達成できればいいのです。
B勘定のほうでは、A勘定における黒字分に加え、予算外の企業支援などがあった場合に振り向けています。これにより累積赤字削減が進み始めています。
--縮小均衡にならないようにするためには、収入増も必要ですね。
そのとおりです。経常収入には入場料収入、演奏料収入、物品販売の収入があります。これを一つひとつ増やしていく必要があります。それから、収支のギャップを埋める支援金を増やすことも課題です。日フィルのバックには大きいスポンサーがいないため、そこが苦しいところです。だけど、それを嘆いてもしようがない。特定のスポンサーがいないからこそ、多くの人たちの支援、多くの企業の協賛を得ることができるという発想の転換が必要です。
そこで外から見てわかりやすいように、日フィルの活動を明確に三つに分類してみました。一つ目が得意のオーケストラコンサート。二つ目が九州公演などのリージョナルアクティビティ、さらに子供たちの音楽教育を支援するエデュケーションプログラムがあります。
特に教育については、これまでもさまざまなことをやっているのですが、もっと強化していきたいところです。こうした文化・社会に貢献する姿を発信していくことで、企業や個人から新規の支援が集まるようになってきました。
--財政再建と同時に、演奏力向上も重要テーマに掲げています。
企業もオーケストラも同じで、競争力を失えば市場から抹殺されます。そのため、財政が厳しい中でも演奏力を上げていくための予算はしっかり使う必要があります。
演奏力向上の目玉は、首席指揮者にアレクサンドル・ラザレフというロシアの名指揮者を呼んだことです。日本での知名度はそれほど高くないのですが、指揮のすばらしさには定評があります。
とにかく音楽に向かう姿勢がものすごく真剣。成田に着いた途端、使っている楽譜を見せろといって確認しますし、練習に入っても一分一秒たりとも無駄にしない。休み時間にも指揮台に残ったまま「質問があればこの場で持って来るように」と言いますから、本当の休みではないんですね。練習が厳しいので、結果として楽団員はヘトヘトになる。それでも、彼らは本当によかったと、満足しているんです。その練習を経た後の演奏会へ行きましたら、今までとはまったく違うレベルの高い演奏になっていることが素人である私にもわかりました。
ラザレフさんは本番終了後にはガラリと変わり、大酒飲みの人のいいおじさんに変わるんですよ。人間的な魅力も大きい。これから3年間、日フィルは彼の指導により大きく変わっていくと思います。
(尾形文繁 =週刊東洋経済)
ひらい・としくに●1942年東京生まれ。65年、慶應義塾大学経済学部卒業、三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、取締役香港支店長等を歴任。2007年7月から現職。
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