経済学は「科学」の名に値するのか?

ノーベル賞受賞者が「経済学批判」に反論

実際、「化学科学」という用語でさえ19世紀に一定程度使われていた。この頃、化学は錬金術や怪しい特効薬作りと一線を画そうとしていた。が、真の科学と疑似科学を区別するために、この用語を使う必要は、1901年にノーベル賞が創設された頃までにはほぼなくなっていた。

同様に「天文科学」などの用語は20世紀が進むにつれてほぼ消滅した。まともな社会ではオカルトに対する信仰が衰えたからだ。占星術はなお大衆紙に掲載されているが、星が私たちの運命を決めるという考えは、知的にはまったく通用しなくなっている。したがって「天文科学」という用語は必要なくなった。

「経済科学」を批判する人々は、経済科学は難解な数字を見せびらかすだけの「疑似科学」の発展だ、と指摘している。たとえば、ナシム・ニコラス・タレブは2004年の著書で経済科学について「等式の陰にいかさまを隠せる。統制された実験などないので誰にも暴けない」と述べている。

物理学にもそうした批判がないわけではない。リー・スモーリンは04年の著著で、実験によって試せるものよりも、美しく、エレガントな理論(たとえばストリング理論)に引き付けられることに関して物理学者を非難した。同様に、ピーター・ウォイトは07年の著書で、数理経済学者が犯したとされるのとほぼ同様の罪を犯しているとして、物理学者を非難している。

人間の行動と数字を統合する難しさ

私の考えでは、妥当性が明らかになることがないモデルに対して、経済学のほうが物理科学よりもいくぶん脆弱だ。というのは、経済学モデルは人間を対象としており、近似の必要性が物理科学の場合よりもずっと高い。が、人間は気持ちが変わりやすく、まったく違った振る舞いをすることがある。神経症やアイデンティティの問題を持つ人もおり、こうした複雑な現象が経済成果を理解することと関係があると、行動経済学の分野でわかりつつある。

が、タレブが示唆するように、経済学で使われている数学がいかさまだということはない。経済学には、逃れることができない重要な量的側面がある。単純化できない経済の人間的要素に合ったモデルを作るために必要な調整と、数学的洞察を結合させるのは課題のままだ。

行動経済学の進歩は、一部の見方に反して根本的には数理経済学と矛盾しないが、現在はやりの数学的な経済モデルの一部と矛盾する可能性はある。そして経済学はそれ自体の方法論上の問題を抱えているが、研究者が直面している基本的課題は他分野と違わない。

経済学が発展するにつれて方法論のレパートリーと証拠の情報源が拡大し、経済学という科学はさらに強力になり、いかさま師は暴かれることになるだろう。

(撮影:ロイター/アフロ =週刊東洋経済2013年11月23日号

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