経済学の本質を知りたい人に教えたい現在地

富がいかに生まれ現在があるのかを探求する

瀧澤:そのとおりです。いまの話を引き受けていえば、私たちは、人工物というと物的なモノを想像しがちですが、制度も人工物に入ります。人間は自分たち自身で制度をつくってきて、それが人間のできることを拡張してきました。と同時に、人間は制度に拘束されて存在してもいる。そういう構図です。

経済学も広い意味でいうと制度です。素朴に見ると、経済学は客観的に事実を写し取っている学問だと思ってしまうのですが、実はそうではない。たとえば、マクロ経済学は「どうやって経済に介入すればその効果を把握できるのか」という観点でつくられたものだと思います。決して客観的に事実を見るものとしてではなく、制度としてつくってきた経済学です。

そうすると、これからの時代に自分たちがどうなりたいのかということに応じて、新しい視点を経済学に取り入れていく必要があるということも、述べたかったことです。実際、ここまで経済学が多様化してきたのは、天才たちが必死に既存の研究成果の限界を突破しようとしてきたおかげですから。

経済学には時間と空間がなかった

中谷:これまでの経済理論には歴史的時間は入り込んできませんでした。基本的に論理的な世界だけで議論をしてきたので、経済学に歴史はあまり関係なかった。でも、それはよろしくないことですよね。人間の文明はインタラクションのなかで発展してきたという歴史観を持つならば、抽象的な論理の帰結を現実に当てはめれば経済は理解できるなんていう見方は、おこがましいことだと僕は思います。

瀧澤:経済史という分野が脚光を浴びるようになった背景には、大きな視点の転換があったと思います。われわれが本当に知りたいのは、歴史を通じてわれわれがいる地点なのに、経済学には長らく時間や空間が重視されないままできましたから。

中谷:その原因としては、近代経済理論は、生物進化ではなく物理学の世界をモデルに構築されてきたことが挙げられますね。需要と供給の関係から、市場での最適な資源配分はどうなるか、と考える。歴史は関係なくて、ロジックだけでモデルがつくられてしまったわけです。

瀧澤:経済史家のロバート・アレンが「経済史は社会科学の女王である」というフレーズで伝えたかったのは、まさに時間と空間のなかで経済を考えるということだと思います。経済史の課題は、アダム・スミスの『国富論』の正式タイトルである『諸国民の富の本質と原因に関する探求』、つまり、富がいかに生まれて、現在があるのかを探求することです。そして、これこそ私たちが本当に知りたいことだろう、というのがアレンの言葉が含意するものでしょう。

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