水産業の救世主? 海のダイヤ『クロマグロ』の養殖に大手企業が続々参入
港から船に揺られて数十分。沖合の深さ500メートルの海面に、直径30メートルのいけすが広がる。この中で泳いでいるのがクロマグロの稚魚「ヨコワ」。2~3年かけて500グラムから30~50キログラムまで育てられ、1匹10万円前後のクロマグロとなって出荷される。
クロマグロは「海のダイヤ」とも称される。青森県大間産の最高級品なら、銀座のすし店で1貫数千円は下らない。この高級魚の養殖が、今年に入り国内で急増している。
双日や日本ハム…大手企業が続々参入
今年9月、大手商社の双日は長崎県松浦市でマグロ養殖に参入した。日本のマグロ年間輸入量30万トンのうち、双日のシェアは15%。海外でのマグロ養殖で地元業者をサポートした経験もある。
日本では水産業協同組合法によって、養殖場などの「海面使用権」は優先的に漁協に割り当てられる。双日は養殖子会社を設立して新松浦漁協の組合員となり、いけすの使用権3万平方メートルを確保した。初年度はいけす6基から開始して、2010年に合計24基まで増やす計画だ。
こうした企業参入に対し、抵抗を示す漁業者は少なくない。先代から受け継いできた漁場に対する愛着が強いからだ。しかし双日を誘致した新松浦漁協の板谷國博組合長は「少子高齢化で跡継ぎがいない。魚価低迷の中、将来を模索していた。マグロ養殖で町を活性化したい」と意気込む。もともと松浦はフグに代表される養殖の一大生産地で、経験豊富な漁業者が多い。すでに双日は現地で5人を採用しているが、事業拡大の進捗を見て増員も視野に入れる。
同じく長崎県では、9月に三菱商事子会社の東洋冷蔵が対馬でマグロ養殖に参入した。東洋冷蔵は国内で消費されるマグロの4割を扱う最大手。豪州やメキシコでの養殖経験も豊富だ。子会社が地元の美津島漁協の組合員となり漁場を確保。地元の漁業者に業務委託して、養殖に取り組む方針だ。
一方、日本ハム子会社のマリンフーズは、7月に愛媛県宇和島市で地元企業との共同出資でマグロ養殖会社を設立した。宇和海漁業生産組合など多数の漁業関係者が出資する。マリンフーズにとって、養殖事業の参入は初めて。このため「餌の調達や養殖業務は地元の出資者が担当する。マリンフーズは川下の販路開拓をサポートする」(マリンフーズ鮪鮮魚事業部の古野陽一部長)。
大手企業がマグロ養殖に乗り出す背景には、世界的な漁獲枠の制限が影響している。「世界中で漁獲規制が強まっている。今後、数量が減ることはあっても増えることはない」(双日水産流通部の半澤淳也氏)。実際に「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)」では、クロマグロの地中海と東大西洋での漁獲枠を半減すべきと報告書をまとめたばかり。決定すれば、最大のマグロ養殖地である地中海の生産量が減少するのは避けられず、価格上昇につながる。
養殖が盛んなメキシコでも、水温が変わりやすいなど天候リスクを抱えており、撤退する業者は少なくない。これに為替リスクが重なれば、おのずと国内に目が向く。
そしてもう一つは、国産回帰の動きだ。中国産ウナギの問題などで消費者は食の安全に敏感になっている。冷凍の輸入マグロより少し価格が高くても生の国産マグロ--。そんなニーズが高まっている。