ロンボク地震、被災者救援が進まぬ深刻理由 インドネシア政府が「国家災害」に認定せず

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バリ島に並ぶ観光地として近年観光開発が著しいのがロンボク島で、PDIPとして着実に地盤を拡大したいのがロンボク島だった。

9月2日に閉幕した第18回アジア大会の首都ジャカルタで行われた閉会式にジョコ・ウィドド大統領の姿はなかった。

閉会式をジョコ・ウィドド大統領はロンボク島の地震被害被災者とともにテレビ中継で見ていたのだった。PDIP幹部は「国際社会からの援助は受けなくてもインドネシア政府が責任をもって被災者支援に当たる、という強力なメッセージが閉会式当日の大統領による被災地訪問にはこめられていた」と話し、政治的思惑が背景にあったことを説明する。

有力紙コンパスの記者は筆者の取材に対し、「大統領選の正式な選挙運動開始日は9月23日。しかし、ジョコ・ウィドド大統領は現職の強みを生かして実質的な選挙キャンペーンを開始している。ロンボク地震の被災者はある意味で選挙運動に利用されたと言えるだろう」との冷静な見方を示した。

感染症への懸念

ロンボク島では新たな問題も発生している。前述のように、昨年同期比で約2倍のマラリア感染者が発生し始めている。9月24日までに、乳児や妊婦を含む避難民を中心に137人の感染が確認されたという。

マラリアはマラリア原虫を持つハマダラ蚊を介して人間に感染する病気で高熱が続き、吐き気や頭痛、悪寒を伴う。症状が重篤な場合は死亡することもあるが、予防・治癒が可能な感染症である。

地元ロンボク島地元保健当局は「公衆衛生緊急事態」を宣言、蚊対策の蚊帳を避難所やテントで生活する被災者に救急配布するとともに、事態を重視した中央政府保健省は医療班の現地急派を決めるなど緊急対応を余儀なくされる事態となっている。

インドネシアは10月以降、雨期を迎え、雨水などで蚊が大量に繁殖することからマラリアに加えて同じく蚊が媒介するデング熱などの感染症への懸念が被災地では高まっている。

アジア大会の閉会式を被災者と一緒にテレビ観戦したことで、被災者のみならずロンボク島の有権者の間では国際社会の災害支援を求める声より「ジョコ・ウィドド人気」が高まっているという。救援物資の配布が遅れても「大統領が来てくれた」ことのほうが喜びだというわけで、PDIPとしては思惑どおり選挙戦に弾みがついたというところである。

バリ島とロンボク島でも、インドネシアの他の地域と同様、9月23日から大統領選挙のキャンペーンが始まっている。大統領選挙を優先し、人命救助を後回しにした疑いのある政府の姿勢に対し、国際社会は厳しい目を向けていく必要があるだろう。

大塚 智彦 フリーランス記者(Pan Asia News)

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おおつか ともひこ / Tomohiko Otsuka

1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からはPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材執筆を続ける。現在、インドネシア在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、『民主国家への道、ジャカルタ報道2000日』(小学館)など。

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