1泊70万円の「ホスピタリティ」で富裕層を誘致
これほど成長の見込める市場であれば、ほかの商社がこぞって参入していてもおかしくないように思えるが、実はそうもいかない「2つの事情」がある。
ひとつは「パートナー」。櫻井氏いわく、この分野は非常にプレーヤーが限られており、IHH社のように病院を世界展開している有力なパートナーはほかに少ないという。
もうひとつは、「レピュテーションリスク」。患者の命を預かる医療事業で万が一のことがあれば、あくまで出資参画、医療行為そのものには携わっていないとしても、それにかかわる会社としての評判に傷がつくおそれがある。三井物産はこのリスクと収益性、社会的な意義を衡量し、参入するという判断を下した。
アジアの富裕層である患者を呼び込むために、同社が運営に携わる前出のMount Elizabeth Novena Hospitalは、「ホスピタリティ」の向上に努めている。たとえば、海外からの患者がチャンギ国際空港に到着すると、病院までリムジンによる送迎サービスを行っている。病院に入ればBell Captainと呼ばれるコンシェルジュが声をかけ、患者の荷物を運び、食の面ではプロの料理人を雇い、レストラン並みの食事を提供する。
さらに、同病院の入院棟は全室個室。要人などVIPが訪れる際には特にプライバシーを守るため、専用の導線で移動。入院する患者の家族が泊まるためのベッドルーム、シャワー付きの部屋や、中には1泊当たり8440シンガポールドル(日本円にしておよそ70万円)のスイートルームもあり、ホテル並みのサービスを実現した。
こうしたサービスの質向上以外にも、IHH社が2012年1月にトルコ最大規模の民間病院グループであるAcibadem社の株式を60%取得し、中東地域へ進出。2012年7月には、マレーシアおよびシンガポール証券取引所に上場し、これから5年間で新たに3300床を増加する計画を立案。今後、中国やインドにも進出をもくろむなど、アジア全体を取り込むための事業拡大は続々と進行中だ。
そして病院の運営の周辺には、冒頭のような専門クリニックの開設、検診事業、病院給食、臨床検査センター、高齢者向け住宅など、多岐にわたるビジネスチャンスが眠っている。
バジェットエアラインなど交通インフラが高度化し、またインターネットが普及したことで、アジアという地域は地理的、そして心理的に狭くなりつつある。このことが、域内での人の行き来、交流を促進している。そしてこれから成熟していくアジアに、日本が貢献できることは少なくないはずだ。日本の医療業界が培ってきたハイレベルな技術はその代表格だろう。
田中医師率いるKIFMECと三井物産は、自らの門戸を開いた。これから、この地域とそこで暮らす人々を理解し、自分たちの技術をビジネスとしてアジアに輸出できるのか。彼らの後に続く、日本の技術者とビジネスパーソンにとって、この一大事業は重要な試金石となるだろう。
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