「予防医療で医療費を削減できる」は間違いだ

人生100年時代に向けた社会保障改革とは?

ここに、「先送り」というキーワードがあるが、年金の場合は、受給開始の「先送り」によって、公的年金保険が持つ長生きリスクへの対応力を高めることができる。では医療の場合はどうか。禁煙について考えると分かりやすいのかもしれない。多くの医療経済学・公衆衛生研究では、禁煙は短期的には医療費を下げるが、長期的には余命延長により生涯の医療費を増加させることが確認されているのである。

人は死すべきモータルな運命にある。このことがどうしても医療、医療費を語る上では忘れられがちとなる。予防によって、もし政策の意図どおりに医療給付が先送りされることがあるのならば、税の投入割合の高い高齢者医療費は増加し、増税の必要性は高まると考えるのが普通である。つまり、歯科と介護はその限りではない側面を持つが、予防によって医療費の抑制、ひいては負担の抑制とはいかないのである。

こう語ると、この方面に詳しくない人達は、ならば終末期の医療費を云々という方向に話を逸らそうとする。だが、そういう人達には、「終末期医療費に関して、規模的にはさほど大きくなく、財政問題の対象とするにはなじまないという考え」が、この国では長い議論を経て定着してきたことを是非とも理解しておいてもらいたい(『ちょっと気になる医療と介護 増補版』「第17章 政治経済学からみた終末期医療」参照)。

歴史的文脈から見た健康寿命、生活習慣病

若返りや予防と医療費の関係を見えにくくしているのは、「健康寿命」という言葉なのかもしれない。健康寿命の指標は、『国民生活基礎調査』の中で「あなたの現在の健康状態はいかがですか」と問い、「よい、まあよい、ふつう、あまりよくない、よくない」を答えてもらい、それに年齢補整を施して作られている。疾患の有無、医療機関の利用状況とは関係のないものである。

どうして、こうした極めてラフな指標でありながらも政策の重要な指針として表舞台に出てくるようになってきたのか。その事情を理解するためには、予防医療、健康寿命をめぐる歴史的な文脈を知っておく必要がある。

2006年の医療保険の大改革の頃、公的な医療給付費を強く抑制しようとする動きがあり、彼らは医療給付費の伸びをGDPの伸びと連動させる伸び率管理制を提案してきた。この動きを受けた厚生労働省は、生活習慣病対策で2025年には医療費を2兆円抑制できるとする将来の見通しを公開して反論をすることにより、2006年当時、どうにかGDP連動の伸び率管理を回避することができた。

もちろん当時から、予防で医療費を抑制するという話にはエビデンスがないとの批判はあった。しかし厚労省は、その後、機械的な医療費抑制策を避けるために、その方向に進んでいかざるを得なかった。

生活習慣病対策(特定健診・特定保健指導)は、現在ではその医療費抑制効果額は、目標受診率などが達成されていることを想定した粗い試算に基づけば医療費で200億円ほど(国費はその約4分の1)になるとされている。一方、特定健診・保健指導実施のための予算額は毎年度国費で226億円程度が計上されている。つまり大目に見積もられた可能性が高い効果額でさえ、2025年目標値2兆円の1%にすぎず、そのための予算は医療費抑制効果額を上回っているのである(国費に限れば226億円をかけて50億円ほどの抑制効果)。

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