「予防医療で医療費を削減できる」は間違いだ 人生100年時代に向けた社会保障改革とは?
では、社会保障では年金保険に次ぐ給付規模を持つ医療に対してはどうであろうか。人々が若返り、人生100年と謳われるように、若返って健康で元気になったから人生が長くなったのは医学的な事実である。となれば、医療費は減るのであろうか? 実はそうではないというのが、この方面の専門家が共通して持つ知見である。ところがそうした専門家の知見が世の中にはおもしろいほどに伝わっておらず、そこで時々、私は冒頭の質問をせざるを得なくなるのである。
なお、若返ったら医療費が減ると考えるロジックと、予防で未病期間が長くなれば医療費を減らすことができると信じるロジックは共通するところが多い。ゆえに以下では、主に予防で医療費抑制をという話について論じていこう。
なぜ予防で医療費は減らないか?
このあたりは、一まとまりの論が必要となるので、2017年1月に『日本経済新聞』のやさしい経済学「予防医療で医療費を減らせるか」(康永秀生東京大学大学院医学系研究科教授)に連載されていた論文を要約するかたちで、紹介しておこう。なお、次のような事実認識の下に、この国では今、限られた資源を有効に使うために医療提供体制の改革が進められていることは押さえておいてもらいたい(「日本の医療は高齢社会向きでないという事実――「医療提供体制改革」を知っていますか?」参照)。
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・予防医療は、国民に健康長寿という何ものにも代えがたい便益をもたらします。ですから、国・地方自治体や医療従事者は今後も引続き、予防医療を積極的に推進すべきだと考えています。しかし、それにはお金がかかることも事実です。
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・これまでの医療経済学の多くの研究によって、予防医療による医療費削減効果には限界があることが明らかにされています。それどころか、大半の予防医療は、長期的にはむしろ医療費や介護費を増大させる可能性があります。そのことは医療経済学の専門家の間では共通の認識です。
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・厚生労働省は疾病予防対策によって死亡前の「不健康な期間」の短縮、つまり「平均寿命の増加分を上回る健康寿命の増加」を実現できれば、医療介護費を削減できるとしています。このロジックはもっともらしいのですが、実現できるとは限りません。健康寿命が増加しても、その後の「不健康な期間」が短縮できるという医学的な根拠はないのです。
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・メタボ健診によって高額の医療費や介護費がかかるタイミングが先送りされるのであって、一生涯の総額で見れば医療費・介護費の抑制につながるわけではありません。
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・わが国は今後も高齢化が進み、医療費や介護費は増大し続けるでしょう。それを予防医療によって抑制することはほぼ不可能と考えられます。医療費の抑制はその他の方法を講じる必要があります。医療サービスの無駄や過剰な供給があれば、それを見つけて抑制することが必要です。同等の効果であれば、より費用の低い医療サービスが提供されるべきです。
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・それらを実践しても、なお残る医療・介護費の自然増加分は、その負担を国民全体で分け合う必要があるでしょう。
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