渡邉恒雄と川淵三郎、「犬猿の仲」の和解劇

大論戦勃発から25年、初対談で語られた本音

左)川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問(撮影:ヒダキ トモコ) 右)渡邉恒雄・読売新聞グループ主筆(写真:Tatsuyuki TAYAMA/gettyimages)

かつて「犬猿の仲」とされた「独裁者」同士の対決

新著『黙ってられるか』の企画が持ち上がったときに、担当編集者から「川淵さんの原稿をメインにするとして、付録的に誰かとの対談を収録してみてはどうでしょうか。いま話したい人はいますか」と聞かれた。

そのとき、僕が真っ先に挙げたのが渡邉恒雄・読売新聞グループ主筆だった。

担当者は驚いたようだったが、無理もない。過去の経緯を知っている人ほど「えっ? なぜ」と思うに違いないのだ。

今では覚えている人も少ないかもしれないが、1993年にJリーグが開幕するやいなや勃発したのが、渡邉さんと僕の論戦だった。

発端は、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)の調布市移転問題だった。その後、チームの呼び名をめぐって、激しい論争が繰り広げられるようになる。これは、クラブ名から企業名を排することに強い抵抗を示した渡邉さんが僕を非難したことにより、マスコミが「ナベツネ」対「チェアマン」という対立の構図をあおったのだ。

渡邉さんは、Jリーグの理念を「空疎」と言い、「川淵がいる限り、Jリーグは潰れる」と罵倒した。また、1994年12月にあったヴェルディの優勝祝賀会では、渡邉さんが僕のことを「独裁者」と発言し、スポーツ紙がそれを大きく報じたこともあった。僕のほうも、売り言葉に買い言葉で「独裁者から独裁者と言われて光栄です」なんて言い返したものだ。

こういう経緯があるから、僕と渡邉さんは「天敵同士」「犬猿の仲」と目されてきた。

ただ、実のところ、僕の受け止め方は時が経つにつれ変わっていた。確かにメディアを通じて論戦を繰り広げた時期はあったが、あるときから渡邉さんをJリーグの“恩人”だと感じるようになっていたのだ。

次ページ結果的としてあの論争は…
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