荒木大輔vs愛甲猛、1980年の夏もアツかった 38年前甲子園に降臨した一年生エースの躍動

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8月5日に開幕した100回目の夏も、いよいよ21日に決勝を迎えます(写真:共同通信社)
第100回全国高校野球選手権記念大会は8月21日に決勝戦を迎えた。
今年も大いに盛り上がりを見せ、秋田県勢として103年ぶりに決勝進出を果たした金足農業と、大阪桐蔭(北大阪代表)の一戦には注目が集まる。
さかのぼること今から38年前の夏、1980年に甲子園の主役に躍り出たのは早稲田実業(東東京)の1年生エース・荒木大輔。準決勝まで無失点の快投を続けた「甲子園のアイドル」を決勝戦で待ち受けていたのは横浜(神奈川)のエース・愛甲猛だった。
あのとき、甲子園では何が起こっていたのか? 『荒木大輔のいた1980年の甲子園』でふたりの主役にあの日のマウンドを振り返ってもらった。

「大ちゃんフィーバー」に熱狂した1980年の夏

荒木大輔が1回戦で優勝候補の北陽(大阪・現関大北陽)に1安打完封勝ちをおさめた瞬間から「大ちゃんフィーバー」は始まった。まったく下馬評にあがっていなかったチームが一気に注目を集めるようになった。もちろん、早実は誰もが認める名門だが、全国に名を知られる選手はひとりもおらず、背番号11を背負った荒木に気負いはなかった。

荒木は言う。

「自分たちは強くないというのが全員の共通認識でした。北陽は強打で大阪を勝ち抜いたチーム。僕が1年生ピッチャーだということもあって、相当な自信を持っていたと思う。でも、あの試合が終わった瞬間に『世界が変わった』と感じました」

この日、「甲子園のアイドル」が降臨したことで、世界がすっかり変わってしまった。テレビ、新聞など多くのメディアが群がり、女子高生をはじめとする女性ファンが甲子園に大挙するようになった。

「芸能界のことはわからないけど、ジャニーズのようなアイドルの周辺と似た感じだったんじゃないでしょうか。彼らは注目を集めたい、人気者になりたいと思って頑張るんだろうけど、僕はそんなことは考えたことがない。だから、戸惑いはありました」(荒木)

インターネットのない時代。テレビの影響力はいまでは考えられないほど強かった。この試合の観衆は4万4000人だったが、ブラウン管の向こうの人々がどれだけ荒木のピッチングに魅せられたことか。「大ちゃんフィーバー」は2年間続いた。

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