「小技の野球」金足農、神がかった勝利の行方 KKコンビのPLと戦った34年前を彷彿
疲労の度合いが増していたはずの3回戦の最終回には、笑みすらこぼして、161球目に自己最速タイの150キロをマーク。三者連続三振で締めた。試合後の吉田は言うのだ。
「冬の苦しかった練習を思い出して、気持ちを込めて投げた」
34年ぶりの4強をかけた一戦を前には不安が襲った。横浜戦の中盤ぐらいから左股関節に違和感があった。それでも、吉田はマッサージを施し、先発を志願した。
「(先発で)行かせてくださいと言ったのは初めてです。負けるわけにはいかないと思って」
準々決勝。「球速が出ていなかったので変化球で、と思った」と語った吉田は、スライダーを効果的に使って強力打線の近江を2点に抑えた。
勝負所で見せる「スクイズ」
そんな吉田ばかりに注目が集まりがちだが、金足農に代々伝わる「全員野球」、「小技の野球」は健在だ。その象徴とも言えるのが、勝負所で見せる「スクイズ」だ。
横浜との接戦を制した3回戦を終え、8回に逆転3ランを放った5番高橋佑輔は頬を紅色に染めて次戦に視線を送った。
「今日のホームランは忘れて、明日も粘り強く戦います。秋田県だけではなく、全国の農業高校の代表として戦いたい」
その言葉は本物だった。8月18日、近江との準々決勝。1点を追う9回裏に先頭打者としてレフト前ヒットを放ったのが高橋だった。
「ベンチのみんなに『意地で何としてでも出塁しろ』って言われていたので、その思いに応えなきゃいけないなって。球場全体が味方になってくれたので、チームメイトと球場の人たちが一緒になって戦っているようでした」
ユニフォームの胸には『KANANO』の文字が刻まれる。地元では「カナノウ」の呼び名が定着する農業高校を後押しする力が、近江戦の9回裏には確かにあった。金足農への声援が甲子園に広がり、1球ごとにスタンドがどよめく。逆転を信じるアルプスの応援団の演奏に合わせた手拍子が、夕暮れ時の聖地を包み込むようだった。
高橋の一打を皮切りに金足農は無死満塁とした。そのチャンスで、打席に立ったのが斎藤璃玖。今大会はいまだノーヒットの9番打者だ。
「自分は小技で得点に絡んでいくタイプ。次の打者に『つなぐ』意識しかありません。ヒットでつなぐことも大事ですけど、一球で決めたら流れが変わるバントは、僕にとってはヒット以上に大きなものです」
大事な局面で、試合を決するのは「一発で決めるスクイズだと思う」とも斎藤は話す。それだけに、日頃からバントの意識は高い。
「周りのメンバーが打撃中心の練習をしているなかでも、自分はバント練習により多く時間を費やしてきた」