じわじわきてる「パン飲み」とはいったい何か パン職人と料理人が作り出した新たな空間

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時代の流れもあるかもしれない。大谷氏らによると、2人世代を中心に垣根を超えた食のコラボレーションはここ数年増えてきている。食のイベントが活発に開かれ、SNSなどで情報交換がしやすくなった今、コラボレーションをするハードルは低くなっている。新しい商品の開発やビジネスを展開するうえでも、利害が一致していれば、お互いの知恵を掛け合わせられるコラボレーションという形態は、食に限らず多くの業界で見られる傾向だ。

お互いがお互いの仕事や立場を尊重しながら、ちょっとしたアドバイスをしたり、相手から学んだりする。こうした職人同士のフラットな関係が、新たな味や空間を生み出しているわけだ。

こだわりが詰まったカンパーニュ

こんなこともあった。

青山パン祭り出店のため、サンドイッチを作った時のこと。たまたま生ハムの切れ端が大量に手に入ったこともあり、生ハムを茹でて取った出しを練り込んだ食パンを和田氏が焼いた。それに合わせて大谷氏は、アンチョビマヨネーズでつぶ貝、ビーツなどをあえた具材を作った。生ハムをパンに練り込むという意外な発想をもらった和田氏は、「生ハムに塩分があるので、食パンに塩を入れなくてよかった。なら今度は豚肉を塩漬けしたパンチェッタを使えないかなど、商品開発に向けたヒントをもらえます」と語る。

こうした2人の思いが詰まっているパンが、食事との相性にこだわったカンパーニュ「瓦」だ。2人が作りたかったのは、フランスのパン・デ・ザミという長時間発酵させたカンパーニュ。「高温でがっしり焼きこまれているので、外側はしっかりしているけど、中はしっかり水分を含んでいて」と説明する和田氏を受けて、大谷氏が「中身がボロボロと崩れやすいパンではなく、ねっとりしていて、料理の皿に残ったソースを全部吸ってくれるようなカンパーニュ」と付け加える。

ビストロ・ブーランジェリーは、客にとってもうれしい形態だ。料理に合わせて生まれたパンが食べられると、料理や酒とのコンビネーションの良さが味わえる。しかも、どちらも専門の職人が作ったものだからおいしい。ヨーロッパの食文化を、旅行や仕事で触れる人が増え、食にこだわりがある人もたくさんいる今、パン飲みができる店は、時代が求めた必然だろう。

ところで、大谷氏と和田氏は、小さな店では珍しく、それぞれが常務取締役、専務取締役の肩書を持つ(社長は大谷氏の妻)。こうした肩書を持つのは、それぞれが職人で終わるのではなく、経営者としての将来のビジョンを持つからだ。

2人の目標はパン屋、酒屋、八百屋、肉屋、レストランなどが集まり、生活に必要な食の店が一通りそろう街を作ること。ブランはあくまで東京の拠点ブランドと位置づけて維持しつつ、今後は店だけにとどまらず、飲食にかかわる広い視野に立ったビジネスをやろうと構想しているのである。客同士が友人になるパリにあるようなパン飲みの店は、新たな形の幸せな暮らしを提案する第一歩なのかもしれない。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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