「神奈川高校野球」はなぜ毎年アツすぎるのか 県の頂点から日本一を目指して戦う監督物語

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拙著『激戦神奈川高校野球 新時代を戦う監督たち』は、神奈川の頂点、そして日本一を目指して戦う、監督たちの物語である。ライバルでありながらも、監督同士の横のつながりが強いのが、神奈川の高校野球の大きな特徴と言える。毎年夏、決勝の舞台・横浜スタジアムは満員の観客で膨れ上がり、時には札止めになることもある。春、秋の県大会でも強豪同士の組み合わせになると、サーティーフォー保土ケ谷球場の外野席が開放される。

「高校野球熱」は全国屈指。指導者、選手、そして応援の力によって、神奈川独特のエネルギーが生み出されている。2018年夏は第100回の記念大会のため、北神奈川と南神奈川に分かれる。拙著では、北から7人、南から7人の指導者に登場してもらった。テーマは「新時代」。

ひとつの変革期といえるのが、2015年だったように思う。横浜だけでなく、名門・慶應義塾、そして横浜商大でも監督の交代があった、夏の大会を最後に、慶應義塾は春夏4度の甲子園出場を果たした上田誠監督(慶應大コーチ)、横浜商大は春夏3度の甲子園出場経験を持つ金沢哲男監督(野球部顧問)が勇退した。鍛え上げた強打線で2010年夏ベスト4、2011年秋ベスト4に食い込んだ武相・桑元孝雄監督(東農大コーチ)の退任も、この年だった。

監督が代われば、チームの色は変わる。特に高校野球は、監督の指導方針によって、それまでの色が変わることが多い。現在、「勢い」「実績」ともに、神奈川をリードしているのは門馬敬治監督といって間違いないだろう。甲子園通算24勝6敗。2018年春はセンバツベスト4まで勝ち進んだ。

日大藤沢・山本秀明監督、向上・平田隆康監督、平塚学園・八木崇文監督、大師・野原慎太郎監督は、門馬監督の野球から大きな影響を受けている。

夏2連覇中の横浜・平田徹監督

全国制覇5度の横浜を継いだのは、32歳(就任時)の平田徹監督である。「渡辺監督、小倉コーチが抜けて、チーム力が落ちるのでは?」という声もあったが、2016年夏、2017年夏と神奈川を連覇。甲子園ではまだ際立った結果は出ていないが、個性を大事にした指導で、選手の潜在能力を引き出している。

2018年春準決勝、センバツ帰りの東海大相模を破ったのは、桐光学園・野呂雅之監督だった。「5対2、5対3で勝つのが理想」と掲げ、負けない野球を見せる。東海大相模との試合では、5対2で迎えた9回裏二死一塁の守りで、ファーストを一塁ベースから離して、後ろに守らせる指示を出した。打席には、長打力のある左打者の梶山燿平がいた。

「3点差あって、左バッターだったので。打球に専念させました」

結果は空振り三振。理想のスコアで勝利した。慶應義塾の精神である「エンジョイ・ベースボール」を継いだ森林貴彦監督は、2018年春にセンバツ出場。主体性を育む指導で、慶應義塾らしいチームづくりを見せている。

2017年秋の県大会を最も沸かせたのは、竹内智一監督率いる鎌倉学園だった。準々決勝で横浜を15対8のコールドで下すと、慶應義塾、桐光学園に対しては、負けはしたものの1点差で食い下がった。「闘将」という言葉が似合う竹内監督が、気持ちのこもった熱いチームをつくり上げている。

日大・伊藤謙吾監督は夏のベスト4、相洋・高橋伸明監督は夏のベスト8までたどり着いた。ここからどのようにして頂点を目指すのか、その手腕に注目が集まる。2009年夏に初めて甲子園に出場した横浜隼人・水谷哲也監督は、ベスト8の壁に苦しんでいる。壁を突破するために、新たなスタッフを招き、守備を重視した野球にシフト中だ。

大師・野原監督とともに、県立から本気で甲子園を目指しているのが白山・村田浩明監督である。野原監督が東海大相模、村田監督が横浜出身と、名門で野球を学び、甲子園に出場した共通点がある。県立高校が夏の甲子園に出たのは、1951年の希望ヶ丘が最後。歴史的偉業に挑戦する。

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桐蔭学園で春夏10度の甲子園出場を誇る土屋恵三郎監督は、2015年から星槎国際湘南の監督に就いた。誰もが驚く転身だった。早速、新天地で手腕を発揮し、2017年春にはベスト4入り。教え子の本田仁海がオリックスに進み、学校初のプロ野球選手も誕生した。

ライバルがいるからこそ、強くなれる。それは監督も同じだろう。向上・平田監督は就任後初めて、1校にターゲットを絞った取り組みをしている。「打倒・東海大相模!」。夏の目標はその一点だ。それを聞いた門馬監督は言った。

「うれしい言葉。ターゲットにされるなら、うちはもっと上にいく。成長するきっかけになる」

互いに尊敬し、その力を認め、切磋琢磨しているからこそ、熱い戦いが繰り広げられる。全国有数の激戦区・神奈川でしのぎを削る、監督たちの戦いに迫った──。

大利 実 スポーツライター

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おおとし みのる / Minoru Ohtoshi

1977年生まれ、横浜市港南区出身。港南台高(現・横浜栄高)―成蹊大。スポーツライターの事務所を経て、2003年に独立。中学軟式野球や高校野球を中心に取材・執筆活動を行っている。『野球太郎』『中学野球太郎』『ホームラン』(廣済堂出版)、『ベースボール神奈川』(侍athlete)などで執筆。著書に『中学の部活から学ぶ わが子をグングン伸ばす方法』(大空ポケット新書)、『高校野球 神奈川を戦う監督たち』『高校野球 神奈川を戦う監督たち2 神奈川の覇権を奪え! 』(日刊スポーツ出版社)、『101年目の高校野球「いまどき世代」の力を引き出す監督たち』『変わりゆく高校野球 新時代を勝ち抜く名将たち~「いまどき世代」と向き合う大人力~』、『名将たちが語る「これから」の高校野球 ~伝統の継承と革新~』(インプレス)、『高校球界を代表する監督たちが明かす! 野球技術の極意』(カンゼン)がある。『試合に勝つための㊙偵察術』(神原謙悟著/日刊スポーツ出版社)、『ピッチングマニア レジェンドが明かすこだわりの投球術』(山本昌著/学研プラス)、『二遊間の極意 コンビプレー・併殺の技&他選手・攻撃との関係性』(立浪和義著/廣済堂出版)などの構成も担当。有料メルマガ(月額450円+税)『メルマガでしか読めない中学野球』でも情報を発信している。

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