大々的に結婚式を行った後、あまり間を置かずに、第1子の息子が生まれた。その1年間は、いちばん幸せな時間だったと大地さんは振り返る。当時は、イクメンという言葉が世の中に出始めた走りでもあった。保育士という職業は、ある意味、子育てのプロである。大地さんは、平日でも帰宅すると息子を寝かしつけ、休日も家事に育児にと奔走した。
大地さんは、まさに世間がイメージする、イクメン像そのものであった。フルタイムの共働きということもあり、家事も育児も完全に妻と分担して行い、そこには男女の差などないと思っていた。大地さんは公務員で、経済的にも安定しており、特に不満もなく幸せの絶頂だった。今の時代、はたから見たら、誰もが羨む勝ち組夫婦に見えただろう。
そんな夫婦生活に綻びが見え始めたのは、里美さんが、「仕事を辞めたい」と言い出したことだった。里美さんは、第1子を抱えながらも、数カ月後には職場復帰を果たしていたが、子育てと仕事の両立に悩んでいた。息子のために、少しでも早く帰宅しようとする里美さんを職場の上司は、事あるごとに責め立てた。いわゆる、パワハラだ。
精神的に病んでしまった里美さんは、大地さんとも話し合い、職場を退職することにした。くじけずに、また新しい職場で働けばいい、そう思っていた。しかし、一度職を辞めてしまうと里美さんは、なかなか職を探そうとはしなかった。
日中は子どもと一緒にいてダラダラとしているだけで、時間を持て余してボーッとしている。さらに、ネットゲームに夢中になり、何時間もパソコンの前に陣取っていた。
マルチ商法にハマり、食事は何種類ものサプリ
そのうち、まるで空虚な心のすき間を埋めるかのように、健康食品のマルチ商法にのめり込むようになった。気がつくと、家中、高額なサプリやフライパンなどの調理器具で埋め尽くされていた。
「退職してから、妻の交友関係がガラリと変わったんです。健康食品のボス格の人の怪しげなセミナーとか、『女の幸せは家族の健康のために生きることなのよ』というセミナーに、すごく楽しそうに出るようになったんです。これはヤバイと思って、それはおかしいよと説得しようとしたんです。
でも元妻も理論武装して、『これは、普通の空気清浄機とは違って、良いものが発生して子どものためにもいいんだよ』と言って、絶対に聞かない。いくら言ってもまるで洗脳されているようで、まったく聞き入れてくれないんです」
いつの間にか、家庭の食事は、何種類もののサプリに変化していた。息子が生まれた直後は、毎日離乳食を作っていたが、そのうち息子の食事も毎食数粒のサプリと特製ドリンクで代用させるようになった。
「2歳とか、3歳の子どものご飯が、皿に何粒かのサプリですよ。さすがにマズイと思って、『こういうものを子どもに食べさせてるのは、俺はいいと思わないよ』と言ったんです。だけど、彼女の理論は、これでビタミンとかミネラルとか、人間に必要なすべての栄養がまかなえるんだから、これほどいいものはないと力説するんです。やはりそれだけではお腹が空いたのか、子どもたちはお菓子を食べていましたね」
こんなものは、毎日は食べられない――、何度も夫婦で話し合ったが、体に良い、と一点張り。それどころか、サプリを食べようとしない大地さんに怒り狂った里美さんは、突然目の前の皿をつかんでたたきつけたこともある。
「なんでわかってくれないの!」
大地さんは、かろうじて皿が当たるのを避けることができたが、頭にでも当たっていれば大ケガになるところだった。
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