《財務・会計講座》適度な借金も財務活動には重要~フリーキャッシュフローと資本コストの調整で企業価値を高める~

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■適切な金額の借り入れが企業価値を高める

 次に、冒頭の企業価値の式で分母に当たる加重平均資本コスト(WACC)を減少させる方法を考える。繰り返しになるが、WACCとは、調達した資本の加重平均コストであるが、同時に、調達した資本で購入した資産のリスクの大きさを表した割引率でもある。WACCの計算式は、以下のようになる。

WACC=rD×(1−税率)×D/(D+E)+rE×E/(D+E) --式1
なお、式中の記号は、
D:有利子負債の時価総額、rD:有利子負債提供者の期待利回り、
E:株主資本の時価総額、rE:株主の期待利回り である。

 そこで、WACCを引き下げる方法を考えることにする。

 上記の式1には有利子負債つまり借入金が出てくる。よく、「無借金経営は美徳だ」、もしくは「借入金はできるだけ少なくしたほうが良い」という声がいまでも頻繁に聞こえるが、果たしてそうであろうか?

 資本に占める借り入れの比率(上の式ではD/(D+E)に当たる)をaとした場合、WACCの式は、
WACC =rD×(1−税率)×a+rE×(1−a)
   =a×(rD×(1-税率)−rE )+rE

と変形できる。

 ファイナンス理論では、rEはrDよりも高い。なぜならば、株主の方が有利子負債提供者よりも、大きなリスクを背負っているからだ(理由は文末に述べる)。そのため、ハイリスク・ハイリターンの原則で、株主の期待利回り(rE)は有利子負債提供者の期待利回り(rD)よりも高くなる。

 よって、上の式の左半分に当たる「a ×(rD×(1-税率)? rE )」はマイナスの数値になる。そのことから、左半分にかかる係数a、すなわち有利子負債の比率を高くすると、WACCの値は低くなる。

 無借金経営の場合a=0なので、WACCの式では、WACC=rE となり、WACCはかえって高くなる。

 逆に言えば、借金をすることは、資本コストの低減を通じて、企業価値を高める効果があることになる。

 とはいえ、企業は無制限に借入金を増やすことはできない。借りすぎると、借入金の利息や元本の返済ができなくなり、倒産してしまうからである。倒産は、有形資産(在庫や設備等)や無形資産(ブランド力等)の価値を大きく毀損し、企業価値の大幅な低下を引き起こす。それを防ぐため、企業は借入金額を倒産のリスクが発生しないよう一定の範囲内に抑えることが必要となる。

 なお倒産のリスクを回避しながら自社で借りることのできる借入金の最大値のことを、最適負債比率もしくは最適資本構成と言う。WACCが一番低くなる状態になるような有利子負債と株主資本の比率である。

 それでは、現実の資本構成が最適資本構成からかい離している場合、どうすればよいか--。適切な方法は、借入金の額を増減させることだ。その一例であり、もっとも効率的な資本構成の変更手段は、借り入れを基にした自社株買いである。
 以上のことから、WACCの最小化は、まさに財務責任者の使命となる。
 式1の分子であるフリーキャッシュフローを増加させながら、同時にWACCの引き下げが実現できれば、企業価値は飛躍的に増加し、株価も大きく上昇する。

■株主はハイリスクな立場なので利回りが高く設定される

 ところで、株主資本の期待利回りが有利子負債の利回りよりも高い理由はなぜだろうか?
 答えは、株主と有利子負債提供者へのリターンが異なるためだ。
 例えば、有利子負債を10億円調達し、株主から10億円預かって、合計20億円で事業を始めたとしよう。この20億円を現物資産に投資した結果、運営がうまくいき、資産価値が時価25億円まで上昇したとする。このとき、増加した5億円は誰のものかというと、当然株主のものである(儲かったからといって10億円の借入金元本にプラスアルファして返済する必要はないからである)。一方、事業に失敗し、資産の時価が12億円に減少したらどうか?当然、この失敗は株主が負担することになり、株主の持分は2億円に減少してしまう。
 企業が創造した価値は、まず有利子負債の提供者に優先的に配分され、余ったら株主に分配される。つまり株主は「残り物」にしか権利がなく、この結果分配額が大きく変動することから、有利子負債の提供者に比べてより大きなリスクを背負うことになる。
 従って、より大きなリスクを背負った株主は、少ないリスクしか背負っていない有利子負債の提供者に比べ、より高い投資利回りを要求するはずである。そのため、株主の期待利回り(rE)は、有利子負債提供者の期待利回り(rD)よりも大きくなる。

 これらのことから、経営者が経営の舵取りを行う際、常に複数の経営オプションを吟味していることが伺い知れる。おのおののオプションが企業価値のそれぞれの要素にどのようなインパクトを与え、結果として企業価値がどうなるのか--これを定量的に把握しておくことで、経営判断は容易に、そして極めて合理的にできるのだ。
《プロフィール》
斎藤忠久(さいとう・ただひさ)
東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。
株式会社富士銀行(現在の株式会社みずほフィナンシャルグループ)を経て、株式会社富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所株式会社)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。
その後、ナカミチ株式会社にて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。
その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在株式会社エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務コーポレート・サービス本部長。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2007年3月12日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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