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42歳「社会科見学」に鉱脈を得た男の放浪人生 ミクシィのつながりが思わぬ起点となった

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  • 村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター
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出力センターなどで働いた後、25歳で初めて就職をした。東京・秋葉原にあるパソコンを売る会社だった。

「営業をなめてましたね。アポイントなしの飛び込み営業とか大変でした。働く前は『ウソでも何でも言って売ればいいんだろ?』って思っていたんですけど(笑)。実際には人との関係性をきちんと作らなければならない、難しい仕事でしたね」

大学時代からパソコンを始めて、ある程度詳しかったのも裏目に出た。

「『型落ちの商品を安く売る』という会社の方針だったんですが、僕としては『こんなスペックのパソコン売ってもいいのかなあ?』ってずっとモヤモヤしてました」

1年ほど働いて、ホームページ制作の会社に転職した。

その頃、世の中ではSNSの先駆け的な存在であるミクシィ(mixi)が流行しつつあった。ミクシィには人を集めるコミュニティというサービスがあり、それを使って何かできないかと思った。

「ブログのネタで行きたい場所はたくさんあったんですけど、1人では見学の許可がおりない場合が多かったんですよね。だったら人を集めたらOKだよねって。それにはミクシィのコミュニティサービスが使えるんじゃない?って思いました」

最初の社会科見学は品川の発電所

小島さんは「社会科見学に行こう」というコミュニティを立ち上げた。最初の社会科見学は品川の発電所だった。

「僕の原風景……っていうとちょっとオーバーですけど、子どもの頃、千葉方面を自動車で通るのが好きだったんです。京葉工業地域の工場群の風景とかが好きだったんですよね。それもあって、ミクシィ上で集まった10人くらいの人たちと発電所に行きました」

都内の巨大な地下施設、飛行機の工場、首都高速道路の工事現場、などなどさまざまな場所に足を運んだ。せっかく、すごい場所に行くのだからと一眼レフカメラを購入し、写真を載せつつ自身のブログを更新した。

その後、社会科見学はどんどん盛り上がりを見せていく。ただし社会科見学では参加者からおカネをとったりはしなかった。

「2005年に日本ブログ大賞写真部門を受賞しました。産経新聞の一面でも取り上げられました。そこからはミクシィのコミュニティとは別に作ったサイトに1日100人ほど会員登録がありましたね。ヤフーニュースで取り上げられると、ものすごい数の人が来ました。アクセス過多でブログがうまく表示できなくなることもありました。攻撃的なコメントもつくようになりました。最初は純粋に社会科見学を楽しんでいましたけど、いつしかアウトプットをちゃんとしないとって思うようになりました。

はじめは『ぴろり、』というブログ名を使っていたんですが、新聞などのインタビューを本名で受けてしまって。本名が出てしまったからには引くに引けなくなってしまいました」

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【平日に来る人はちょっと特殊】

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