「逆上がり」を富山の子供達が克服できた理由 「人生最初の壁」をどうやって乗り越えたか

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このとき、使っていた鉄棒がセノー製品だった。幸い、前年に好成績を収めていたので大学進学に影響はなかったものの、セノーの担当者はただ謝るしかなかった。佐伯准教授にとって、“高校最後の夏の苦い思い出”である。この時の担当者が実用化に尽力してくれた。

大学生たちにとっても逆上がりは大きな壁

逆上がりをできないことに悩むのは小学生だけじゃない。教員採用試験で大学生に逆上がりの実技を課す都道府県もある。

佐伯准教授は研究だけでなく小学校教員の免許取得を目指す学生の指導もしており、その中には毎年体育の苦手な学生がいた。逆上がりの練習を手助けするものの、なかなか大変。小学生と違って体重があるため、実は佐伯准教授も負担に感じていた。

逆さになる感覚に慣れない女子学生は、「ギャー」と叫んで怖がる。佐伯准教授は学生をなだめ、説得を重ねて、練習させた。たとえばこんなふうに……。

「小学校で算数や国語を教えるとき、君たちは答えを知っているだろう。体育だって同じだよ」「自分が親になってごらん。逆上がりができない先生に、逆上がりを教えてもらいたくないだろう」「児童や保護者が失望するよ。頑張ってできるようになろうよ」

指導する側もされる側も苦心しながら取り組んでいた逆上がり。だが練習器の導入後は違った。学生から「楽しいです」という声が上がるようになった。毎年10人くらいは逆上がりができない学生がいたものの、最後までできない学生は2人に減った。また、練習時間が短くなり、学生はもちろん佐伯准教授にとっても大きな救いとなった。

「補助をする負担が減ると同時に、ほかの効果もありました。女子学生の下半身に触れずに済むようになったので、セクハラの誤解を受ける危険も減りました」

佐伯准教授のアイデアを生かした逆上がり練習器は、全国の小学校や教員養成課程のある大学はもちろん、幼稚園や保育所などでも購入されている。きっと多くのできない子の支えになっているにちがいない。

そして現在は、学生と逆上がり練習器をヒントに、「バック転」や「倒立前転」を練習する器具の開発を検討している佐伯准教授。いずれも逆上がり練習器同様、どうしてもバック転や倒立前転ができない子たちが、「できる感覚」を得やすいように補助する仕組みを目指している。

「できない子を救う」練習器のニーズは、まだまだたくさんありそうだ。

若林 朋子 フリーランス記者
わかばやし ともこ / Tomoko Wakabayashi

1971年富山市生まれ、同市在住。1993年から北國・富山新聞記者。2000年まではスポーツ全般、2001年以降は教育・研究・医療などを担当。2012年に退社し、フリーランスの記者に。雑誌・書籍・広報誌やニュースサイト「AERA dot.」、朝日新聞「telling,」「sippo」などで北陸の話題・人物インタビューなどを執筆する。最近、興味を持って取り組んでいるテーマは、フィギュアスケート、武道、野球、がん治療、児童福祉、介護など。

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