さて、集団に対して淘汰圧が働けば、自己の利益以上に、自分の属する集団の利益を重んじる本能が生存に有利に働く可能性が生じる。実際、群れで相互に扶助しあって共同生活する動物には、集団利益を尊重する本能行動がみられる。人間の場合、この両者のバランスの異なる個体が集まって、ときに個人主義的、ときに集団主義的行動を取り交ぜて生活している。
ここで、多くの問題を生んでいるのは、本能行動の出自となっている集団が比較的小さかったということである。現代人は、数千万、1億といった大きな国家を作り、国益の存在の下に行動し、あるいは、関係者が数千人から数万人といった大きな組織に所属して、その機能の一端を担う。しかし、本能が形成されたときに個人が属していた集団ははるかに小さかったと考えられる。
その小さな集団が組織防衛本能、「ムラの論理」の発生構造である。心理上の「ムラ」は、現代においては、会社の部課であったり、業界関係者の会合メンバーであったり、スポーツのチームであったりするが、いずれにせよ、何か近接的につながっている、いわば顔の見える関係の範囲で形成される。
感情に駆られて「ムラ」の防衛に走った結果
数万人の組織体全体を考慮した組織防衛という観念が作用すれば、データの捏造や、文書改竄など、結果として全体に害をなす不祥事は起きにくい。だが、自分の周囲数十人程度の組織を守ろうとすれば、全体利益を損なう挙動が生じる。現代社会はさまざまな集団が有機的に結合し支えあっているため、このような行動は、その小規模な「ムラ」自身にとってさえ有害無益な結果に終わることが多い。しかし、この判断は理知による。理は情より弱いので、感情にかられて起きる小集団防衛行動の制止は難しい。
日大の場合、文字通りのマンモス大学であるから、ステークホルダーは規模が大きい。現役学生約7万人は、日本一を誇り、このほかに通信部や短期大学、さらに付属校などがある。卒業生は116万人、会社社長として活躍する卒業生の数は2万人を超え全国1位。ほかに、教職員や、学外関係者、卒業生を採用する企業なども広義の利害関係者に含まれよう。日本の国全体で見ても、有数の巨大エンティティである。
もし、組織防衛の単位を、この巨大な単位で考えるなら、組織を守る行動は、非は非と認め、原因を解明し、今後の改善を図ることである。しかし、認識する組織が、当人から顔の見える範囲にとどまれば、問題を糊塗あるいは矮小化して、批判の目から隠したいという行動にもつながりかねない。はたして、当該司会者の対応によって日大ブランドが落ちる、との記者の発言にこの司会者は「落ちません!」と答えている。
本能行動の弱点は、発達した出自を超えてより適合的にすることの難しさにある。人を害することの抑制は、目の前で流血を見る場合に実感を伴って効くが、ミサイルの発射ボタンを押す際には、想像力の届く範囲でしか作用しない。原始時代よりはるかに大きい集団において、組織に適切な行動をとることは難しい。これを実現するには社会ルールが必要である。例えば、独占禁止法はムラの利益から社会全体の利益に行動を転換させるための強制的な仕組みであるが、適用は容易ではない。
難しさを認識したうえで、大きなステークホルダーの観点から今回の問題が適切な解決へと進むことを希望したい。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら