ロヒンギャ難民「泥の孤島」移送計画の現実味 足元ではモンスーンの危険性も高まっている

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同島はガンジス河が運んだ堆積物によって浅瀬に形成された島のひとつで、満潮時に大部分が水没する約3万ヘクタールの“泥の島”に過ぎない。しかし、シェイク・ハシナ首相の承認の下、11月に2億8000万ドル(約300億円)の予算が計上され、バングラデシュ海軍が5月末を目指して10万人分の収容施設を建設している。すでに堤防建設と埋め立て工事が完了し、16世帯が入居する長屋ふうの住居1440棟のほか、サイクロンに備えて避難所120カ所などを整備するという。

バングラデシュ政府当局者は4月4日、「6月初旬にもバシャンチャール島への移送を開始する」と表明した。人道的観点に立てば、当然ながら「サイクロンで流されてしまうような孤島に難民を収容するのは認められない」という話なのだが、防災救援省によると、移送の目的は良好な居住環境を提供し、災害から難民を保護することであって、「あくまで自発的に移動してもらい、意思に反して強制的に送られることはない」。

「そんな離れ島には誰も行きたがらない」

100万人もの“招かれざる客”を押し付けられたバングラデシュは、ミャンマーとの合意に基づく帰還が進まず、いら立ちを募らせつつも、実際のところ過大な負担によく耐えている。とはいえ、大規模な難民移住計画は同国政府が独自に断行できるわけではない。

UNHCRをはじめとする国連機関や人道援助団体は、頭ごなしに反対を叫ぶというより、「本当に強制的な移送ではないのか。難民たちの移動の自由は認められるのか」「食糧配給や給水はもちろん、保健・医療、教育など基本的なサービスは受けられるのか」「国連やNGOのアクセスや援助活動は保障されるのか」といった点を申し入れて協議している。

広範囲で水没が予想されるメガキャンプの低湿地(筆者撮影)

もっとも、今のところ難民への説明、希望者の募集、ロジ面の準備など具体的な動きは何も見られない。先述の通り、国連との協調なしには進められないからだが、個人的には「こんなことバングラデシュ政府は本当にやる気なのだろうか?」と未だに半信半疑である。

時期はさておき、仮に移送が実現するとすれば、おそらくメガキャンプから北に100キロ余りのチッタゴン港までバスを連ねて移動した後、ベンガル湾を船舶で約50キロ横断するという大掛かりな“難民キャンプ引っ越し作戦”になる。難民にとっては逆に故郷が少し遠くなる。

ロヒンギャ難民を取り巻く情勢について、「マジ(Majhi)」と呼ばれる難民キャンプのリーダーのひとりに尋ねてみた。情報通の彼は自分たちが置かれた状況を正確に把握していて、「ロヒンギャという民族名でミャンマー国籍が認められ、帰還後の安全が保障されない限り帰れないし、そんな離れ小島には誰も行きたがらないだろう。どんなに居住環境が厳しくても、今はこのままキャンプに残るしかないと思う」と吐露した。

その難民キャンプに無情のモンスーンが迫っている。

中坪 央暁 ジャーナリスト

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なかつぼ ひろあき / Hiroaki Nakatsubo

毎日新聞ジャカルタ特派員、編集デスクを経て、国際協力分野の専門ジャーナリストとして南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島、ミャンマーのロヒンギャ問題など紛争・難民・平和構築の現地取材を続ける。このほか東ティモール独立、インドネシア・アチェ紛争、アフガニスタン紛争などをカバーし、オーストラリアの先住民アボリジニの村で暮らした経験もある。新聞や月刊総合誌、経済専門誌など執筆多数。

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