地方出身者が作った80年代のキラキラ日本 橘玲×湯山玲子「95年が時代の区切りだった」

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「いちばん勢いがあるという意味でキラキラしてたのは、バブルのちょっと前」(撮影:七咲友梨)
NHKの朝ドラ『半分、青い。』でも描かれている1980年代は、東京がどんどん変貌を遂げ、文化が成熟してきた時代でもあった。『80’s』(太田出版)を上梓した作家・橘玲氏と同時代を経験した著述家・湯山玲子氏、ともに80年代に社会人となった2人が見た80年代とは?

みんな適当に生きているんだから、自分だって何とかなる

橘玲(以下、橘):湯山さんのお父さんはクラシックの作曲家だったそうですが、僕のところは普通のサラリーマンでした。僕らの世代は、ほとんどの親は高卒じゃないですか。だから子どもが大学に行くと何やってるかまったくわからないので、完全な放任でした。

僕はロシア文学科で、ソ連がアフガニスタンに侵攻して経済制裁された頃だから、就職課に行くと「就活は無駄。お父さんに相談しなさい」と言われる。そのことを父に話すと、「何をやってもいいけど、お前がいると面倒くさいから地元にだけは帰ってくるな」(笑)。

何も考えてなかったので、卒業したら喫茶店のウェイターでもやろうと思ってたら、バイト先の人が、安いスーツを買って新聞の求職欄を見て電話をかければいいと、就職活動のやり方を教えてくれた。それで、新橋の場末の出版社に転がり込みました。出版界の最底辺からスタートです(笑)。

湯山玲子(以下、湯山):とはいえ、その最底辺がいろいろ面白かった時期ですよね。税金対策で、儲かった会社が、サブカルインディーズ雑誌に手を出したり。橘さんはまさにそういった動きのど真ん中に入っていった。その頃私は「ぴあ」というカルチャー情報誌出版社に新卒で入ります。「チケットぴあ」の前夜ですね。

:「ぴあ」は当時すごく勢いがあった会社で、友達と編プロをつくったときに、一緒に何かやろうという話をしてました。23~24歳のときだから、ちょうど湯山さんが入った頃じゃないですか。そのあとティーンズ雑誌の編集長になってドツボにはまりました(笑)。

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