JR西日本はなぜ「天皇」井手正敬と決別したか 新幹線「台車トラブル」と福知山線脱線事故
その結果、JR西日本の初期の成長を牽引した井手氏は、会社から「縁を切る」と言われ、昨年発行された『JR西日本30年史』においても、まるで存在しなかったかのように、ほとんど触れられていない。
会社の沿革に、社長、会長、相談役にそれぞれ就任した年次の記述があるのと、何かのセレモニーで小さく写真に写り込んでいる程度である。会長時代の1997年に刊行された10年史では、長文のインタビューが掲載され、国鉄改革のドラマや阪神・淡路大震災からの劇的な復興を大いに語っているのと比べると、不自然に感じるほどだ。
だが、それも仕方のないことなのかもしれない。現代の鉄道事故は、井手氏が言うような「個人の怠慢や悪意によるミス」だけで済まされるものではない。善意の作業者が真面目に職務に努めていても、避け難いエラーは起こり、巨大かつ複雑なシステムの中でそれらが連鎖して被害を拡大するというのが常識であり、「組織事故」の構造だからだ。
社外有識者会議が指摘した組織的弱点
井手氏の語ったような考え方が長年浸透してきた巨大企業の組織風土を根本から改め、「人はミスをする」「ヒューマンエラーは事故の原因ではなく結果である」という安全思想を隅々にまで行き渡らせるのは、そう簡単なことではない。
特に新幹線の場合、これまでトラブルが少なかったために、今回のような事態に直面した社員が少なく、異音や異臭など運行に不利な情報を過小評価や無視してしまう「確証バイアス」が働いたことも指摘されている。こうした組織全般にかかわる安全思想の改革が、今後もJR西の最大の課題となるだろう。
今回の重大インシデントを調査した社外有識者会議(座長:安部誠治・関西大学教授)は、3月末にまとめた最終報告書で、JR西日本の安全対策を一定評価しながら、こんな指摘をしている。
「JR西日本には、対策を打ち出したらそれで終わりになりがちな傾向があり、残った課題について他人任せにし、どの部署がいつまでにするか、実施したあと、適正に進んでいるかなどの点検が不十分といった組織的弱点があることから、この点は特に重要である」
この指摘に、JR西日本はどう応えていくのだろうか。
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