JR西日本はなぜ「天皇」井手正敬と決別したか 新幹線「台車トラブル」と福知山線脱線事故
同社の安全思想が、福知山線事故後の十数年で確実に変わったことを再確認する一方で、その新たな安全思想を巨大組織の隅々にまで定着させることの難しさを思った。それは、「個人のエラー」から「組織事故」へ、事故原因の認識を根本的に転換することの難しさである。
「組織風土」という根深い課題
博多駅発の新幹線のぞみは、車両の台車枠に亀裂を抱えながら、名古屋駅まで約3時間20分にわたって走行を続けた。発見時、亀裂は破断寸前まで広がっていた──というのが昨年12月11日に発生した重大インシデントである。車両を保有するJR西日本の調査で大きく二つの原因が明らかになった。
一つは、川崎重工業が台車枠の製造工程で設計基準を超えて鋼材を削っていたことに端を発する。川重の幹部らは「班長の思い違い」と製造現場のミスを強調するように語ったが、もちろん問題はそれだけにとどまらない。同社の品質管理体制、発注側のJR西日本のチェック体制、車両所での検査体制と精度、また走行中に発生した異常を検知できなかったというハード面の不備が多々明らかになった。
これらについてJR西日本は、超音波(エコー)探傷による再点検/目視検査の強化/台車温度検知装置の活用などをすでに行っており、新年度からは、地上から台車の異常を検知するセンサーの整備/音や臭いから異常を判断する技術開発/博多総合車両所のリニューアル(工期10年)/車両の機器に蓄積されたデータを活用したメンテナンスなどを始めるという。
そして、もう一つの問題は、複数の乗務員や保守点検担当社員が早いうちから異音や異臭に気づき、東京の指令所ともやり取りをしていたのに、列車を止められなかったという情報伝達や判断のミスである。
福知山線事故後、「人はミスをする」という前提に立ち、リスクを事前に発見して対処する「リスクアセスメント」や、故意や怠慢でないミスは罰しない「ヒューマンエラー非懲戒」など、先駆的な安全対策に取り組んできたJR西日本にとっては、こちらのほうがより深刻だと言えるかもしれない。福知山線事故でさんざん批判を受けた「組織風土」、つまり、上意下達の指示命令系統、懲罰的な社員教育、個々の社員の責任感や安全感度などの改善に大きくかかわることだからだ。
新幹線の走行中に異常を感知した現場と報告を受けた指令所のやり取りの詳細が時系列で明らかになっているが、その会話を追うと、異音と異臭の軽視、曖昧な報告、思い込み、聞き漏らし、確認ミス、言葉の行き違い、判断の相互依存……と、一つひとつは些細なヒューマンエラーが何重にも連鎖した、まさに「組織事故」であったことがわかる。
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