格差と希望 誰が損をしているか? 大竹文雄著 ~是正すべき所得格差は若者の間で生じている

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格差と希望 誰が損をしているか? 大竹文雄著 ~是正すべき所得格差は若者の間で生じている

評者 BNPパリバ証券チーフエコノミスト 河野龍太郎

 本書は『日本の不平等』(日本経済新聞社)で日本の所得格差の実態を明らかにした著者が、2005~07年にかけて執筆した時事問題に関する論説をまとめたものである。格差や雇用問題だけでなく、少子化対策、教育問題、年金問題など幅広い問題について、経済学的視点から平易に論じている。さらに「追記」という形で、現在の視点から解説を加えている。

折しも、政界では小泉構造改革の路線修正が明確となっている。その背景には、一連の規制緩和が格差社会をもたらしたという認識があるのだろう。確かに、規制緩和によって所得を失う人がいる。しかし、それは規制で守られていた人の所得が、規制緩和で低下したに過ぎないと著者は論じる。消費者から不当に購買力を奪っていたものが失われただけである。また、参入規制の撤廃は、それまで参入を認められていなかった人と既存の生産者との間に存在していたアンフェアな格差を解消する。規制緩和前の状況に戻すことは、新たな格差を作ることになる。

著者は、地域間格差問題についても疑問を投げかける。農家や小売業者は保有する土地を利用して所得を得る。しかし、人的資本のみが所得の源泉という人も存在し、彼らは比較的容易に地域間を移動する。このため、特定地域に土地などの利権を持つ人が苦境に陥ったからといってその地域を保護すると、そこに利権を持たない人の利益を損なうと著者は言う。地域間格差是正もまた新たな格差を作ることになりかねないのである。

格差是正を訴える多くの主張は、実は既得権益擁護論に過ぎないと著者は論じる。評者もまったく同感である。

それでは是正すべき格差問題はないのか。著者は、真に是正すべき所得格差は、若者の間で生じていると言う。日本では、長期の不況のしわ寄せが若者に集中した。望んでも正規社員になれなかった若者は、将来の所得の源泉となる人的資本を十分に蓄積できなかった。このため、所得格差への対応策は、教育・訓練しかありえないと論じる。初等中等教育の充実や高等教育での奨学金充実などが、賃金格差を防ぐ上で、重要だと述べる。しかし、高齢化の進展で、年金や医療、介護といった高齢者向けの公共支出を求める政治圧力が高まっており、そのしわ寄せが教育への公的支出の抑制という形で若者に向かう。強力な既得権益層となった高齢者への支出増加が、若者の格差をさらに拡大させている可能性がある。

総選挙を控え、どのような経済政策が必要とされるのか、改めて考えるために有用な一冊である。

おおたけ・ふみお
大阪大学社会経済研究所教授。労働経済学を専攻。1961年生まれ。京都大学経済学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。大阪府立大学講師等を経る。著書に『日本の不平等』(サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞、エコノミスト賞受賞)。

筑摩書房 1890円 242ページ

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