「もともと僕は考えることが好きで、まあ考えることというよりも、しゃべることが好きなほうが強いんですかね。自分が考えて何か疑問に思ったことについて追求し、そして教えてもらって、さらにしゃべりながら自分が覚えていく。そういったことがもとから性格上ありました。なので、その考えていることを口に出す。いわゆる考えることを表現する。(中略)それがスケートに生かされている」
筆者などはこうして書くことで思考を整理するタイプだが、羽生選手は「しゃべりながら、思考を整理する」ことに長けているということだろう。
「メディアの方にインタビューしてもらって、自分の思考を整理させていただく時間とか、インタビューをしてもらうことによって覚える言葉だったり、そういうものもあった」と話しているが、長年の競技生活の中での無数のインタビューに対し、真摯に取り組むうちに、あらゆる問いに対する答えを、きっちりと言語化し、準備するマインドが出来上がったのかもしれない。
「発明ノート」というノートに、ひらめきや学び、思いをしたためるという習慣も、そうした力を積み上げる役割を果たしたと考えられる。
日本の多くのアスリートはこのような言語化が苦手という人も少なくない。「スッ」「パーン」といったオノマトペを多用して、半ば気合か超能力のように意思を伝える選手もいたが、競技の結果を出せば、それでいい、という考え方もまだ根強いように感じる。
一方で、羽生選手は頭の中で、つねに何らかの問いを反芻し、思考し、言葉にする動作をつねに続け、その力を磨いてきた。こうした「セルフトーク」が強靭なメンタルに結び付いたとしても不思議はない。
羽生選手の話にはいつも「文脈」がある
2つ目の「ゴール設定力」についても、「自己との対話」の中で、「明確な目標」を導き出したと推察されるが、羽生選手のすごみは「ゴールのその先」を見る力があることだ。ただ単に「金メダルを取る」というゴールを目指していたのではなく、その先の「子どもたちに夢を与える」「日本人として誇りに思ってもらう」「震災の被災者に元気になってもらう」といった金メダル後の「景色」を頭に描いていた節がある。
「いろんな子どもたちが夢を持ちながらいろんなことをやっていって、少しでもなにかその夢がかなう瞬間をつくってあげられるような(中略)言葉を出せたらなと、今改めて思いました」
「僕はこれだけ注目されながら演技をすることができているので、みなさんにたくさんの思いが届いているのではないかと思っています。その(メディアの注目という)お力をもうちょっといただいて、また復興の力にしていただけたらいいなと感じています」
「金メダルをとって2連覇して帰ってきたということが、たくさんの方の幸せになっていることは間違いないし、それができるのは僕しかいなかったということ」
ある意味、金メダルはもっと高みにあるゴールを達成するための「手段」でしかなかったのではないだろうか。自分の言動が第三者にどういう影響を及ぼすのかを理解し、彼らの視点で物事を俯瞰する力を持っているからこそ、彼の話にはいつも「文脈」がある。
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