「少年ジャンプ」伝説の編集長が変えた男社会

ドラゴンボール、ドラクエを生み出した

白泉社代表取締役を務める鳥嶋和彦さん(写真:AERA dot.)

2018年に創刊50周年を迎え、1月からは記念ドラマ「オー・マイ・ジャンプ!」も放送されるなど話題の「週刊少年ジャンプ」。かつて、国民的漫画「ドラゴンボール」の鳥山明の才能をいち早く見出し、国民的RPG「ドラゴンクエスト」の堀井雄二をライターからゲームの世界に送り出し、漫画界で“伝説”となった編集者がいた。1996年から2001年まで同誌編集長を務め、現在では白泉社代表取締役として活躍する鳥嶋和彦さん(65)だ。80年代から90年代にかけ発行部数が500万部を超え、“黄金期”を過ごした思い出を語った。

当記事は、AERA dot.の提供記事です

――ジャンプ編集部に入られるまで、ほとんどマンガを読まれたことがないと伺いました

マンガは小学生の頃に少し読んだことはあります。サンデーやマガジンの存在は知っていたけど、ジャンプは当時まだ存在しなかったですね。活字の本ばかり読んでいました。小学校の頃は哲学書を読んでいたし、中学生の後半からは海外の翻訳小説を読みふけっていました。その後大学を出て、集英社に入って、「週刊少年ジャンプ」編集部に配属されます。でも、本当は「月刊プレイボーイ」の編集がやりたかったんです。

とにかく息苦しかった

――当時のジャンプ編集部の様子はどんな感じだったのでしょうか

とにかく息苦しかったですね。まるで男子校の雰囲気でした。違うということを許さない。若手に反論させなかったりとか、後輩を無理に飲みに誘ったりとか、体育会系のような上下関係の厳しさがありました。「友情・努力・勝利」というジャンプの三大原則がありますが、これは編集部内の思想統一かと思いましたよ(笑)。「男は~」という考え方は当時から僕は嫌いでした。そういう空気が肌に合いませんでしたね。

――編集者同士の競争も激しそうですね

ジャンプ編集者の第一の仕事は、毎週送られてくる読者アンケートでいかに人気を集めるかです。ここで人気が取れないと、自分が担当しているコーナーや、漫画家の仕事がなくなってしまいます。しかし、これはパイの奪い合いですから、他人は他人、自分は自分というような感じで、編集者同士が普段からギスギスしているようなところがありました。切磋琢磨と言えばそうは言えるでしょうけどね。

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