大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」

米国での活動から小室さんの引退までを語る

――ポップミュージシャンとしてのキャリアを47歳でリセットして、ジャズを本場米国でやり直すというのは、米国人にも驚かれる挑戦だそうですね。

そうなんです。だから米国の地元の高校で講演をすることもあるんですよ。人生は限りがある。だからやりたいことをやるために、これからの人生を使おう。そういう決断を47歳でした。そのためにすべてを一度捨てた。この過程そのものを話します。学校を卒業して、米国のレコード会社がCDを出してくれるわけでもないから、自分で音楽レーベルを作ってネットで売っている。そういう話をすると、「結局、捨てたのは何?」「逆に手に入れたのは?」といった突っ込んだ質問が高校生から来るんですよ。

捨てたのは「アメニティグッズみたいなもの」

――「何を捨てたのか」は、ぜひ聞きたいです。

「アメニティグッズみたいなもの」を捨てたんだと思います。たとえば、誰かに運転してもらってその間に仮眠をする、といったことですね。今だったら移動は全部自分で公共交通機関に乗って、必要な機材を担いでします。これがいちばん違いますよね。

――人にサポートしてもらうことを捨てた?

サポートというより、コンフォータビリティ(快適さ)みたいなもの。それはそれで価値のあることではあったのですが、今の僕はもっと別のところに照準を当てていて、そっちに価値を見いだして生きている。その価値観の中では、コンフォータビリティはいちばん重要じゃなくなったんですよね。

日本での演奏は年1~2回。アーティストとして35周年を迎える今年は、来日の機会が増えるかもしれない(撮影:尾形文繁)

――よく企業マネジメントの世界では、コンフォートゾーンからいかに抜け出すかが人材の成長にとって重要だといいます。日本のミュージシャンだったときには、コンフォートゾーンから抜け出せなかった?

僕自身は実は、「グリーン車で移動するんじゃなくて、アルバムの制作費だとかもっと違うことにおカネを使ったほうがいいんじゃないか?」と昔から言うこともありました。でも当時は周りの人が、「大江千里にはそういうことをさせられない」って思ってくれていた。それは僕の音楽に対するリスペクトであり愛情。そういう気持ちをみんなからいただいていたから、当時の僕が頑張れたのも事実なんです。あの頃は本当に大勢の人を巻き込んだチームワークだったので。

だから、あっていいコンフォートゾーンと、なくしていいコンフォートゾーンがその時々にあるんだと思います。今も、たまにはグリーン車に乗りますよ。体調が良くない時に、次の場所に向けての投資だと思って乗ります。そういう時は、グリーン車で過ごす時間をうんと大事にする。久しぶりに『ひととき』(東海道・山陽新幹線のグリーン車限定月刊誌)を読みますか! いっそ持って帰っちゃいますか!とか、グリーン車から見える富士山はやっぱり見え方が違うねえ、なんて言ったりとか。いや、一緒なんだけどさ(笑)。

――同じものなんだけど、一度捨ててもう一度獲得するときには違う意味が生まれるのですね。

そうなんですね。もう一度得たものは、僕にとっての意味がすごく鮮明に見えるようになりました。今の僕に必要なコンフォータビリティなのか、あんまり意味がないのか、といったことが。

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