電話ボックスに飛び込み、最後の願いを込めて受話器を取った。翌日、現金を握りしめ、不動産屋へと走った。当時の上司からは強く慰留されたが、その瞳には新たな大海原しか見えていなかった。
こうして碧珊瑚は誕生した。
自分の世界を手に入れた茂ママは、店舗の2階に住み込み、店づくりに奮闘する。取り付けられた棚やカウンターを指さし「これも私がつくったの。ペンキ塗りから大工仕事まで、何から何までぜーんぶひとりでやったの」と語る。
突然、元カレが登場!
前の店の内装を全て取り去り、およそ2カ月をかけ、自分だけの白いキャンバスへと塗り替えていった。
1989年7月1日、ラジカセ1台から流れる中島みゆきの音楽とともに碧珊瑚はオープンした。「本心を隠して生きている人々が集まれる場をつくりたい」。そのような茂ママの想いに共感し、店は賑わっていく。常連も増えた。
ただ、元同業者からのやっかみも受けた。バブル絶頂期、他店のゲイバーのママが飲みに来て、「こんな狭い店の2階に住んでるのぉ~?大変ね~」と笑った。しかし現在では、20年以上続けられている店は少ない。
長く続けていると、特殊な出会いも増えていく。
「オープンして間もない頃、お店で準備していたら、血だらけの人が入ってきたの。病院にいくのも拒むから、訳アリだと感じたわ。でも多くを聞いちゃいけないのがこの世界。その場はとにかく止血を手伝ったわ。
その後、何度かお店に来てくれたんだけど、色々あって長い間刑務所に入る事になっちゃって。でも、縁は不思議なものね。出所後、真っ先に会いに来てくれたわ。長くやっている勲章よね。こんなふうに、いつかあの人が来るかもって思うと、少しでも長くお店を続けることが使命になってくるのよね」
突然、店の扉が開き、男性が茂ママに挨拶する。「この人ね、私の前の彼氏なの。今日、久々に来てくれたのよ」。手料理を振る舞いながら嬉しそうに話す茂ママ。「私たちの出会いは、この子が25歳のときだから、約10年前ね。私が50歳の時よ」。
いっしーと名乗るその男性は、そのときことを話してくれた。
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