「利己」にあふれた人や会社は「利他」に勝てない 現場も経営も知るリーダーよ、立ち上がろう

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田村:オランダのビール会社のハイネケンも、徹底して現場に入り、そこから本質を掴んで普遍性を伝えるタイプの人材を抜擢していました。私も日本企業は、株主や顧客だけでなく社員のために企業があるというヒューマン・セントリックな「人間企業」をめざすべきだと思っています。

野中 郁次郎(のなか いくじろう)/1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務ののち、カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて修士号(MBA)、博士号(Ph.D)を取得。南山大学経営学部教授、防衛大学校社会科学教室教授、一橋大学産業経済研究所教授、北陸先端科学技術大学院大学教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授を経て現職。 田村潤氏との対談イベントが2018年2月8日(木)に東京・有楽町で開催予定。(写真:『Voice』編集部提供)

野中:ヒューマン・セントリックなマネジメントには普遍性があります。私も企業に勤めていたとき、フロントのなかでヒトを育てる仕事を通じて、企業体というのは人間の潜在能力を解放系にすることだという考えが染み付きました。

田村:ところが人事部門も最近では制度づくりを優先するようになって、現場に足を運ばなくなりました。

過去を振り返っても、対等な労使関係は日本の高度成長を支えていたと思います。経営側にとっても「下手なことができない」という良い意味での緊張感がありました。しかし現在は、組合が企業の顔色を窺(うかが)うばかりで、経営者の暴走や不作為を招いている。

そういえば昔は、人事や労務部門が出世コースでしたが、最近はそうでもないらしいですね。

野中:人事を経験した者が次の社長になるというのは、理に適(かな)っています。日本の伝統的な利他的経営の本質は、人を育てることにあるからです。情報から知識、知識を知恵にまで昇華させ、コンテクストに応じて行動に変換できるプロフェッショナルの人材を育て上げるのが企業の使命なのに、それがいま蔑(ないがし)ろにされているのです。

自社の使命を社員一人ひとりが果たす

野中:現在の日本企業が抱える最も大きな問題は、本社の存在が大きくなりすぎて、支店の役割が無意味になってしまうことです。

以前、証券会社の営業マンから「新しいファンドを扱ったので、買ってください」と勧められたことがあるのですが、私が細かく質問すると、本人もよく理解していないようで返答に窮している。挙げ句の果てには「あとで読んでおいてください」といって、本社から渡された資料を置いて帰ってしまう。本社の指示のまま動いているだけで、社員一人ひとりが業務にコミットしていない典型です。業種を問わず、いまこういうケースがじつに多い。

田村:ある医師の方が、薬品メーカーのMR(医療情報担当者)に、私の著書を勧めてくれたことがあります。理由を尋ねると、「自分は純粋に患者の幸福を願って治療をしているのに、薬品メーカーから来たMRは、自分のノルマ達成のことばかり考えている。彼らにはこの薬を使って世の中にいかに貢献できるかという視点に立って仕事をしてほしい」と語っていました。まさに野中先生のいうとおりです。

野中:エーザイの内藤晴夫CEOは、「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という経営ビジョンの実現のために、全社員が業務時間の1%、年間2.5日を、患者と過ごす時間に充(あ)てているそうです。患者と共体験をすることで、言葉には出てこない患者の喜怒哀楽を知るためです。その経験を通じて感じた「患者の真のニーズに応えたい」という思いが、自らの仕事のモチベーションになるのです。

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