アフリカは「資本主義の限界」を見抜いている 日本人がアフリカ思想から学べることは多い

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若林:ウブントゥという概念が面白いと思うのは、今までの資本主義のやり方が限界にきて、もう少し新しい経済が構想されようとしているときに、表向きにはシェアと言いながら、気づいたらその仕掛け人たちはすげえ儲けているみたいな話があるわけですね。

シリコンバレー型に代表されますが。シェアを支える思想は、個人主義とそれにのっとった市場経済が、前提としてあるんですね。『WIRED』でもシェアとか新しい話はやるんですが、結局気づいたら、アマゾンやフェイスブックがえらく儲かっていて、僕らはいいように使われているだけじゃないか、という感じを持つわけです。

そうした事実が明らかになってきて、企業の振る舞いというより、全体を支えていた枠組みや、人というものを再定義できるのかは、非常に大きなテーマになってきているように思うんです。個人主義的な私を手放すか、をちゃんと考えなければいけないフェーズにきていて、他者との関係においても、もう一度自己を定義し直すとか……。ウブントゥはいいヒントをくれる気がしています。

1人で何かをするのは「妖術使い」

山田:アフリカでは1人でご飯を食べることは忌避されているといいますね。日本では1人鍋が平然と行われていますので、現代の日本は来るところまで来てしまったという感じがしました。日本では「分断された個」が豊かに生きるために、24時間営業のコンビニというインフラも含めて人工的な環境が確立している。

『WIRED』 VOL.29/特集「African freestyle ワイアード、アフリカに行く」(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

当然のことながら、1人で暮らすことがおかしなことだと言われることはありません。ただ、その限界が少子高齢化の中で起きています。厳密に同じではないでしょうが、アフリカ的なものはかつて日本の共同体の中にもあったでしょうし、そもそも人類のDNAの中に「助け合わねばならない」というものが埋め込まれていたはずです。

吉川:アフリカのモラリティの最初にあるのは、「自分1人だけで何かをしてはいけない」ということですね。1人で何かをするような奴は「妖術使い」だと。実際に、その人を妖術使いと思っているかはさて置いて、みんなに分け与えない奴は、こっそり妖術を使って1人抜け駆けをしようとしているんだと考える。その背景には、みんなに分け与えようというモラルがある。

さらに、与える人ともらう人の間に、「与えてあげたんだ」という上から目線と「もらって申し訳ない」という負い目の関係ができないようにするモラルもあります。つねに「与える人」と「もらう人」が役割を変えながら、負債感とか申し訳ないという感じが出ないようにするのがアフリカ流だそうで、そういった話が特集に載っています。

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