「スニーカー狂」がナイキを語ると、こうなる 「そこには文化、哲学、物語、すべてがある」
榎本:アクタガワさん、どうでしょうか。
アクタガワ タカトシ氏(以下、アクタガワ):僕はもの書きでもあるのですが、まず和訳のうまさ、読みやすさに感心しました。この本は、どんなことがあったのかという概要だけでなく、各々の場面でフィル・ナイトがどう思っていたのかという内面が語られるのが面白いですね。
創業当初、1962年に飛行機で日本に降り立ったフィル・ナイトが、戦争によって傷ついた東京の姿を見ていたという描写は印象深かったです。1960年代の東京にはまだ戦争の爪痕が残っていたのかと。
榎本:この本は、ビジネス書としてだけでなく、ノンフィクションの文芸書として楽しめますね。ナイキ創業時の様子に加えて、当時の時代背景まで知ることができる貴重な本ではないでしょうか。
ナイキにはストーリーがある
榎本:アクタガワさんは、ご自身のナイキ・ビンテージスニーカーのコレクションを撮影して1冊にまとめた『BlueRIBBONS』という本を書かれていますね。
アクタガワ:全部、自分のスニーカーではなく、一部、借りたものもありますが。当時、出版社には「ナイキだけに絞って本を作る意味ってあるのですか」と聞かれました。そのとき僕は「ナイキでなければ書けません」と答えました。
1970年代のナイキの靴って、一つひとつにキラメキや情熱を感じるんです。なぜこのデザインがそのときに生まれたのか、物語が見える。これが他社メーカーだと、とにかく品番をたくさん作って売ろうという意図が見えたりする。たとえば、色しか違いがないのに、名前を変えて別のスニーカーとして売ろうとしたりね。
ナイキだけを愛しているわけではないのですが、ナイキは、それぞれの靴に、その靴が生まれた理由や時代背景の物語がある。だから、ナイキでないと本が作れない。
榎本:今日は、コレクションの中から代表的な1足をお持ちいただきました。
アクタガワ:ここにあるのは、ワッフルトレーナーという靴です。『シュードッグ』にも、この靴への言及があります。共同経営者のビル・バウワーマンが朝食中、奥さんが使っていたワッフルメーカーを見て、この形を靴のソールに使えるのではないかと思いつく場面です。僕の見立てでは、1970年代にナイキが大成功した理由の50%はこの靴です。
もともと、ぬかるんだ地面でもスパイク代わりになる靴として作られたのですが、実際に履いてみたら、堅い路面でもソールがクッションの役割を果たして、よかった。そして乾いた地面にも、雨に濡れたアスファルトにも適するオールラウンドの靴になった。最初は赤とか紺の単調な色合いでリリースされたのですが、途中でUCLAカラーにしたら大ヒットした。
1990年代、僕は日本でもアメリカでもビンテージスニーカーを探し歩きました。アメリカのフリーマーケットに行くと、とにかくこの靴ばかり並んでいる。それだけ圧倒的に売れたということです。当時のナイキのジャンプアップを支えた、象徴的な靴だと思います。
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