「養老孟司の新書」がどれも売れる5つの理由 どうして5作連続で10万部を超えられたのか
養老氏の考えはどうか。『超バカの壁』で「戦争責任」について論じた章は、いきなりこんな文章から始まる。
「私には戦争責任はありません。総理大臣の中でも小泉首相の世代からは戦争の記憶がないでしょう。少なくとも戦争の関係者ではない。本人の記憶のないことについてあれこれいうのはおかしなことです。実感がないから、当時のことなんかわからない。私に責任がないならば若い人に戦争責任があるはずがありません」
多くの場合、「スタンス」は政治的あるいは宗教的なものから作られる。しかし、理系的な思考を持つ養老氏は、「スタンスからの自由」を獲得しているのである。
著書での主張には、ある種の予見性がある
売れる理由③ あとでじわじわ効いてくる先見性
「養老先生が何を言っているのか、担当者としていまひとつピンと来ていないことや、そのときはわりと聞き流していることが、あとになって、『ああ、そういうことか』とわかることがよくあります。予言というと大げさでしょうが、あとからじわじわ効いてくる感じですね」と語るのは、某社の担当編集者だ。
実のところ、文章は平易だが、必ずしも養老氏の著作はすんなり理解できるものではない。そのためネットのレビューでも「よくわからなかった」といった声が一定数上がるのが常だ。
しかし担当編集者が言うように、養老氏の著作にはある種の予見性がある。
たとえば『バカの壁』の中の「経済の欲」という項にはこんな文章が。
「金(かね)というと、何か現実的なものの代表と思われがちですが、そうではない。金は現実ではない。
金は都市同様、脳が生み出したものの代表であり、また脳の働きしのものに非常に似ている。脳の場合、刺激が目から入っても耳から入っても、腹から入っても、足から入っても、全部、単一の電気信号に変換する性質を持っている。
神経細胞が興奮するということは、単位時間にどれぐらいのインパルスを出すか、単位時間にどれだけ興奮するかということです。
ある意味で、金ぐらい脳に入る情報の性質を外に出して具体化したものはない。金のフローとは、脳内で神経細胞の刺激が流れているのと同じことです。それを『経済』と呼称しているに過ぎない」
2003年の刊行時に、この文章の意味が「ピンと来た」人はどれくらいいただろうか。いまや「仮想通貨のニュース」を見聞きしない日はないほどだ。
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